●旅日記
(岡田 高志、WEF会員、藤岡市、「共育つうしん」65号)
 
 7月下旬のある日曜日、フラッと碓井峠に出かけました。目的は、今は廃止となったトンネルの続く旧信越線を歩くことです。そして、その先にある、今は国の重要建造物となっている《めがね橋》の上に立ち、古き明治の偉大なる業績の香りでもかいでみようというものです。

 連日猛暑が続いていましたが、幸いその日はウッスラとした曇り日でした。国道18号線を長野方面に走り《鉄道文化村》を過ぎると碓井バイパスと旧18号に分かれます。旧国道にはいるとすぐに《坂本宿》です。ここは今でも江戸時代の宿場の雰囲気が残っています。時間があれば少し歩いてみるのもよいでしょう。

 坂本宿を過ぎると、道はまたすぐに2手にわかれます。右の道が明治時代以前の主要道で、霧積温泉につながります。この温泉が、森村誠一の《人間の証明》で一躍有名になった所です。今はほとんど車も通ることがありません。舗装された道以外、周囲の風景は江戸や明治の頃とまったく変わっていないはずです。明治20年代初頭、伊藤博文は馬車でこの道を霧積温泉に向かっています。保養の為だそうです。歴史と映像のイメージに浸りながら、クネクネと曲がる細い道をユックリ走るのもよいでしょう。

 坂本宿から左の道が旧18号です。車で2〜3分で碓井湖に着きます。中規模のダム湖ですが、湖の中に2つのめがね橋が架かっています。周囲は30分ほどで歩けます。マムシがいるそうなので気をつけて歩きましょう。

 そこに車をおき、旧信越線が走っていた所まで歩きます。いまは線路は撤去され、跡はアスファルトで舗装されています。道をユックリ上っていくと、すぐに眼下に碓井湖が見えてきます。その日はかなりのキリでした。それが白い固まりとなってゆっくり流れていました。キリと湖というのは妙にマッチするのですが、そこに佇むのが孤独感を漂わせた若き女性であるのと、人生に疲れた中年のおじさんとでは、雰囲気はそうとう差があります。

 すぐに最初のトンネルになります。ここまでで、かなり汗をかいてしまいました。確実に道は上っているのです。トンネルの中にもキリが流れていました。明治26年に群馬側の横川と長野側の軽井沢をつなぐ難工事がスタートしました。ここでの犠牲者は500人近くになっています。そんなことを思いながら、カマボコ型のトンネルの中を歩きます。どういうわけか、その時は私の足音だけです。最初のトンネルを出ると、すぐ次のトンネルです。キリが少しはれてきたので、周囲のレンガの壁をジックリ観察してみました。広い部分にわたり黒い墨を塗りつけたようなところがありました。きっと、木炭を炊き煙をモウモウとはきながら走った懐かしき蒸気機関車の名残なのでしょう。

 しばらく歩いた後に、やっと《めがね橋》の上につきました。長野新幹線ができるまでのおよそ100年間、やっとその役割を終えたレンガによる建造物が、今も風雪や地震に耐えしっかり存在している現実に感慨をおぼえます。橋の長さは50メートルほどですが、曲がったレンガを実にうまく組み合わせてあります。下から見ると、その大きさと技術の高さに感嘆します。

 西上州には、いいところがいっぱいあります。まだまだジックリ味わいたい所はたくさん残っています。これからも素晴らしい自然や歴史について思い立ったら書いてみます。

 古くから、上州は西と東では県民性に違いがあるといわれてきました。気候風土・経済的基盤、そうしたところの違いが根底にあるからなのでしょうか。なんとなく分かるような気もします。自然や生活についてのレポートもそんな事を考えるキッカケなるとよいのではないかと思います。

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