●スタンダード
(師村 達、WEF会員、桐生市、「共育つうしん」62号、2002年2月掲載)

 パソコンを使い始めて7年になる。ワープロ専用機の時代とあわせると18年。使ってみたいあこがれのアプリケーションソフト(以下、ソフトと略す)が初めからあったのでMacintosh(通称マック。現在はApple社製のみ)を選んで後悔したことはなかったが、ソフト選びでは考え方の変更を迫られた。

 生まれ育った時代の影響もあるのか、何かを選択する際、人とは違った私らしさを考えることが私の習性であり価値観となっている。ひと(他人)と同じではいやなのである。それで、ソフトを購入するときは一番売れているものではなく、個性のある何か「光る」ところのあるものを選んだ。

 イラストレーターではなくフリーハンド、エクセルではなくウィンズライト、一太郎、ワードではなくワードパーフェクト……。しかし、解説本は少なく聞く人もいない、バージョンアップや対応が不十分、結局、使い続けることができず買い換えることになってしまった。

 この世界ではスタンダード、みんなが使っているものを選ばないと、とにかく不便なのである。そうか、そんな世界もあったのだと考え方を変えなくてはならなかった。

 なんと、私がメインで使っているMacintoshもスタンダードではない。実は今では珍しいApple社製以外のMacintoshなのである。以前、Apple社以外でもMacintoshを生産していた時代があり、私はあえてそれを購入したわけだからよほどのへそ曲がりなのかもしれない。おかげで、余計なトラブルに巻き込まれたこともあるが、現在もG3カードをさして元気に動いている。

 ところが、大きな声では言えないが、最近へそ曲がりが幸いしたことがある。昨今のウイルス被害はきわめて大きな影響を与えているが、ほとんどMacintoshは安全なのである。ウイルスも結局は「悪いことをするソフト」なので、ウイルスを作る悪い人は、できるだけ被害を大きくするためWindows版ソフトを作る。

 したがって、Windowsは感染するがMacintoshはほとんど影響を受けないというわけである。ウイルスによる被害がここまで現実になってくるとこの安心感は貴重だ。Windows利用者には申し訳ないが……。この世界で、スタンダードでないありがたさを初めて味わったような気がする。

 いつごろからだろうか、みんなと一緒でなければいやだと子どもが言い始めたのは……。10年ほど前、子どもが小学校へ入るとき緑のランドセルを買おうと私が言ったら、男は黒で女は赤と決まっているんだから黒でないといやだと子どもは言った。(そんなことは決まってないのに!)

 みんなと一緒でなければ安心できないのは、自分に自信がないことに他ならない。あるいはみんなと一緒でなければいじめられるのだろうか。確かに、自分を通すことには勇気がいるしリスクを伴うこともあるだろう。しかし、個性の時代といわれて久しいのだから、そろそろ日本でも個性を真に尊重する精神が育まれてもいいのではないか。

 もっとも、この問題の責任はすべておとなにある。使い捨ての物と情報が大量に、しかも次々とはき出される商業主義のなかで、自信のない生き方をしているおとな、自信が持てない時代をつくったおとな。高級ブランド品を身につけて安心しているおとなも黒いランドセルを選ぶ子どももそんなに違わないような気がする。
 人間のスタンダードは気持ちが悪い。

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