●新米先生のひとり言
(三戸 学、WEF会員、秋田市、「共育つうしん」56号、2001年2月掲載)

 昨年の秋、念願だった教員採用試験に合格して、僕は幼いころからの“先生になりたい”という夢を実現させた。今年の4月、僕は“教師”としての新しい人生のスタートを切る。今は秋田市立下北手中学校で講師をしながら、正式採用を心待ちにしている。

 先生の仕事といえば、やっぱりメインは毎日の授業。僕は椅子に座って授業をする。一般的に“教壇に立つ”と言われるけど、僕の場合、“教壇に座る”なのだ。これからの教育界に、僕のように椅子に座って授業をするやり方を提案していきたいと思っている。なぜなら、椅子に座ることで生徒たちと目線が一緒になるからだ。それより、身長がデカイ生徒には、見下ろされるかもしれない。生徒たちにとって、この心理効果はスゴイものがあると感じる。多くの先生にとって、座って授業をすることに抵抗があると思う。だけど、生徒たちにとって、良いことはどんどんと実践するべきである。

 僕は普通学級で過ごしてきた。10Bの段差があると、1人で進むことができない。だから、友だちに支えられながら、学校生活を送ってきた。これからは“先生”として、学校生活を送る。今度は生徒たちが僕のサポートをする。きっと、生徒たちはビックリするだろう。「先生=何でもできる人間」というイメージが崩れるからだ。でも、そんなイメージはすぐに崩した方が良い。“何でもできる人間”より、“できないところ、苦手なところがある人間”の方がよっぽど、人間らしいと思う。“カッコつけて生きる”より“ありのままに生きる”生き方がステキ。

 “学校”というところは、バリアフルなところ。今、世間では「バリアフリー」と叫ばれているけど、“学校”という公共施設を忘れているように思う。だけど、学校は教育現場。生徒たちのサポートでバリアを乗り越えることで、教育的価値にまで高めることができる。学校の階段は生徒たちの肩をかりて上り下りをする。最近、「スキンシップが大切」と言われるけど、僕は毎日、スキンシップをしている。自称『身体いっぱい使って行う生徒指導』と自負している。

 今、“荒れる中学生・高校生”と言われているけど、決してそうではない。毎日、中学生と接して感じていることだ。これから、僕と生徒たちとの息遣いを多くの人たちに伝えていきたい。脳性マヒで1種1級の身体障害者手帳を所持している僕から見た“教育現場”をお知らせしたい。そして、生徒たちの気持ちの良き代弁者として、何かを伝えることができたら……と思っている。

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