●コラム 「教育 Now」 英語の授業風景・雑感
(長友 誠、WEF会員、「共育つうしん」40号、1998年6月掲載)

 このところ「子どもの心の荒れ」が問題になっています。個人も集団もリストラが必要です。

 昨日、テレビで「学校・荒れる心にどう向き合うか」を見て、ため息がでました。ある小学校の現状が生々しく伝わり、同時に学校の先生達が現状を一般人によくも知らせる気になったなと感心しました。これが今の学校に必要なことではないでしょうか。企業は透明性を高めよと言われています。いわんや学校においてをやです。

 今私は、ある高校でパートタイマーとして一年生に英語の「オーラルコミュニケーション」(英会話のようなもの)を教えています。教えながら「あれっ?」と思ったことをいくつか書いてみましょう。

 最初の時間、生徒に「これは何の時間だ?」と聞きましたら、どのクラスも「英文法です」という答えが返ってきました。カリキュラムには「英文法」なる教科はないのに、使われているテキストにははっきりと‘English Grammar’と書いてあります。教科にない「英文法」を独立して教えないと大学に受からなくなるという考えが日本中の高校の先生達に蔓延しているせいなのです。教育委員会もそういう学校の現状を黙認している状況です。会話学習は特に小人数グループが良いと言われています。そのためかクラスを二つに分割して教えていますので、おかげで授業をし易いですが、中身は会話ではないので少々妙な感じです。

 授業をやっていながら ”Thank you.”等のthの発音で、どうも舌を噛んでいないようなので「thの発音で今まで舌を噛んだことのない人?」と聞きましたら、どのクラスも半分位の生徒が手を挙げたのには驚きました。「ハハー、中学で先生が教えたようにやっていなかったんだな」と思い、試しに「学校で舌を噛むようにと教わらなかった人?」と聞きましたら、かなりの生徒がパラパラ手を挙げたのでまた驚きました。先生が教えても聞いていなかったのかも知れません。あるいは文の意味を理解させるだけで手一杯で、発音指導まで手が回らなかったのかも知れません。高校に入ってthの発音,f,vの発音、その他の発音を一からやるなんてどういうことだ・・・。

 昨日の授業で The students in my class have been silent for a while.を読ませたら「ザ スチューデンツ イン マイ クラス ハブ ビーン サイレント フォア ア ファイル」と個々の単語を等間隔の同じ強さで読んでおり、更に、短く弱く読むべきbeenを強く読んでいるので「これは4拍子で読むんだ。後をつけて”....students....class・・・silent....while”」と練習しました。コミュニケーションをする気で発話すればそうならなくてはならないのですが……。

 中学で英語をどうやって教えているのか授業参観をしたくなりました。子どもが中学校に行っていないので参観できませんが、何かのルートで参観したいと思っています。

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