●青空学校で育つ中学生
(庭山 登、WEF会員、「共育つうしん」54号、2000年10月掲載)
「ねえ、今度はいつやるの?」。たった今、終わりのセレモニーをして、さよならーと言ったばかりなのに、もう聞いてくる子どもたち。青空学校がたのしくてしょうがないのです。
群馬県桐生市は、人口が12万人。そのはずれに、渡良瀬川の扇状地として広がっている相生町。二つの小学校とひとつの中学校に約2000人の子どもがいます。
この相生町から出ないで、町の中で何ができるかを求めて青空学校を3年続けてきました。今年4年目になって、最初のリーダーだった子どもたちが中学3年生になりました。毎年育ってきた子どもたちも中学生になって、今年の春の青空学校にはたくさん参加しました。
あいおい青空学校は、子どもの実行委員会と、そこでの決定をもとにした大人の実行委員会があります。子ども実行委員会は、小学6年生や5年生が中心となって運営されています。子どもたちが狂喜すると形容したいほど喜ぶ行事がいくつかあります。夏の「水戦争」という水のかけっこです。いつまでもやめません。それと春の「子どもフリーマーケット」という子どものガレージセールです。小学校低学年の頃の使ってない鉛筆や、遊ばなくなったおもちゃなどを出品するものです。6年生以上の子どもだけ売る側になれるという制約があります。売れた分だけわずかですが換金できるということもあります。ここに中学生が積極的にかかわります。
「子どもフリーマーケット」をはじめるには、親の側の葛藤がありました。子どもがお金をもうけるなんて子どもの行事で許されるのか、まわりの人たちに認められるだろうかというものでした。お金を扱う以上、不正をしない、誠意を持って対応するという責任があることを知ってもらう。そういう大人として扱うという、子どもから大人への通過儀礼として位置づけることで、やっとまとまりました。一年かけて話し合いました。
青空学校で、今度は何をして遊ぼうか、何をつくって食べようか、どんな日程ですすめるか、申し込みのチラシやしおりはいつ誰がつくるのかなどは、小学5・6年生が中心に話し合って決めます。そこに中学生が関われる時間はないようです。中学生は当日参加して、班のリーダーになったりして、指導員のかわりに小さな子どもの面倒を見ています。
中学生が、地域の大人がたくさんいる行事に参加することは、この相生の地域では皆無です。神社の夏祭りに子どもの八木節がありますが、小学生までしか参加していません。中学生は、お祭りや初詣などの時の補導の対象として地域では注目されるだけです。このような中では、中学生が地域で育つということは期待できません。ですから中学生が役割を持って参加する「あいおい青空学校」はたいへん貴重なものなのです。
今年2回目の「子どもフリーマーケット」では、いろいろなことが見受けられました。フリーマーケット終了の合図があったすぐに、小学生5年の男の子たちが「来年出品する?」「絶対出す」「何を出す?」「何があるかなあ」と話し合っていました。6年生になったら今までとは違った立場でたのしいことがあるということは、将来にむけて希望があることで、大切なことではないでしょうか。大きくなればいいことが待っているなんて、今の子どもたちにしては珍しいこと?
今年2回目の出品になる中学生たちは商売上手でした。買い手が喜びそうなものを選んで出品していました。またその場で注文に応じて手作りするという、新手を考えてきた一団もありました。そんな老練な中学生たちが相手ですから、今年はじめて出品した小学6年生たちは、あまり買ってもらえませんでした。たくさん持ち込んできたのに、たくさん持ち帰っていきました。
中学1年生の男の子が奇妙なものを列べています。私が「これなあに、何するものなの」と聞いても黙っています。直径15センチぐらいの木のサークルに、色とりどりの木の玉がいくつも下がっているものです。やはり売れ残っていました。しばらくすると「冗談じゃないわよ。これを売られてたまるものですか」という声が聞こえました。その子のお母さんがさっきの奇妙なものを、その子から買ってきたと言っています。それで私ははたと思いました。さっきのものは赤ちゃんの上に下げて、赤ちゃんが遊ぶものだったんだ。おそらくその子が赤ちゃんの時とても気に入っていて、妹がいるのに、妹へおさがりにならなくて彼のものになるくらいの、家で公認の彼の宝物だったんだと思いました。それが他人に売られてしまうなんて、お母さんにはとてもたまらなかったのでしょう。あとで聞いたら、私の想像は間違っていませんでした。
彼はなぜこの宝物を売ろうとしたのでしょうか。彼は今年中学生になりました。彼なりに大人らしくなろうとして、子ども時代の象徴である赤ちゃん時代の宝物を処分して、子どもの自分への決別、まさに大人への通過儀礼としての行為だったのではないでしょうか。子どもが育ってきた軌跡は、親にとっては重要ですが、子どもは今しかないんだね、とそのお母さんと話しました。
他の子どもになじめなくて保健室登校していた子が、青空学校に参加し続ける中で、いつしか親の元を離れて子どもの仲間の中で遊べるようになり、それと同時に教室へ入っていけるようになったとか、ダウン症児が毎回参加していても、子ども同士がその子なりの参加を保障したりするとか、青空学校では一人ひとりの子どもの成長を、大人がみんなで確認しあっています。
地域を離れてどこか遠くで、いつもと違う生活の中で作られる子どもの関係では、どれだけの力になっているのかはわからないのではないでしょうか。ふだんの生活の場で、ふだんの生活時間に青空学校をやることは、ここでの体験がそのまま日常の子どもの生活にはねかえっていきます。青空学校での成長がそのまま日常生活での成長になります。中学生になっても役割を持って参加できる青空学校は、子どもにとってかけがえのない成長の場です。
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