●失敗ととるか、挑戦ととるか
(今井 進、WEF会員、「共育つうしん」55号、2000年12月掲載)
 
 いきなりで申し訳ないのだが、僕はサッカー馬鹿である。日本代表の試合をTVでやる日なんかは、ほとんどのことを犠牲にする。仕事も都合がつく限り……友人たちと会っていても時間までにはできるだけ……。周りの人には申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、振り向けば「サッカー」である。
 いや、おもしろいんだって、これが。おもしろさに気づいたのは遅かったんだけど……これはいいや。

 えー、サッカーていうのはいうまでもなく集団スポーツ。相手よりも得点の多い方の勝ち。けど、僕は勝ち負けよりも内容にこだわっちゃう派。相手チームの方が内容が良ければそっちを応援!。

 なんでこんなに夢中なのかというと、「国民性」のこんなに出るスポーツを他に知らないだけなのだが。野球と違って集団スポーツでありながら個人スポーツでもあるんです。相手チームの近い方で点を取る人がFW。相手チームに点を与えない仕事をするのがDF。その間に入ってFWとDFのつなぎをする人がMF(中盤)。

 それぞれの仕事に必要なものは、相手を蹴散らしても結果を追求しようとする積極性・自分で世界を切り開く主体性。相手のやることの先を読み、行動をしにくくするような体や頭脳。そして、前と後ろの調整をするための協調性である。

 日本は中盤にはタレントがいっぱいいる。ただ、無難なプレーが多くて、中盤が後ろに行ったり前を追い越して自分がトップの位置に行くことって少ないんだ。協調性や秩序、組織のルールを守りすぎるきらいがあるんです。日本のつなぎは世界トップレベル。これは間違いない。社会風土じたいが、子どもの夢を「公務員」と言わせる国だもんね。淋しい気持ちになりますが……。心配なのは、小学校のサッカーまでこの傾向にならなければいいなと思うのだが、これも難しい。

 子どもは周りからあまりに厳密にものを言われたり、早い段階で答えを与えられると、成長しながら内部や外部の困難に対処して躍動感やたくましさや自主性などを得ていくチャンスを奪われる。結果優先主義を子どもにも当てはめていくと、これらが失われて小さくなるような気がしてならない。四角いものを削って丸くするか肉付けして丸くするかの違いだけなのだが。

 子どものプレーを失敗ととるか挑戦ととるか、周りに求められるのは失敗を見守る忍耐力かな。子どもに求めすぎて、子どもの課題を増やしてきた時代から抜け出す時期なのだろう。それは子どもの課題を少なくすることだけでなく、逆に大人の側の課題を積み上げていく作業と並行していくという意味である。

 サッカーの説明だけで、言いたいことをずいぶんはしょってしまった。これもサッカー馬鹿たる所以である。

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