このことから、英語国民に限らず欧米人は一人(or 一つ)と二人(or 二つ)以上でははっきり区別するが、日本人は曖昧にしているんだと言うことを改めて考えました。これは日本人のそして日本語の曖昧性の一領域としても考えられますが、一人(or 一つ)という概念は二人(or 二つ)以上の概念とは一緒にできない、つまり「個」と言うものをはっきり区別する欧米の個人主義と関係があるのではないかと考えたわけです。日本語では「鳥が飛んでいるよ」で済むのを、英語では"A bird is flying."か"Birds are flying."のどちらかにしなくちゃならないのは、我々にとっては面倒くさいことです。反対に、日本語の分かる欧米人が「鳥が飛んでいるよ」と人が言っているのを聞けば、1羽かそれ以上かと気になり、なんて曖昧な言い方なんだろうと思うのではないでしょうか。
子どもを英語と日本語のバイリンガルに育てることを夫婦で決め、親も子どもも家庭では英語だけしか使わないことにしていた母親の話ですが、子どもを幼稚園から自転車に乗せて家に帰る途中、よそのうちに預けている兎に餌をやりに寄ろうと思って "……the rabbit."と、つい言ってしまったら、即座に、後ろに乗せた子どもが"No. The rabbits." と言ったそうです。日本語で「うさちゃんに餌をやりに行こうね」と言ったら、子どもに直されることもなかったでしょうにね。「単数、複数の区別が欧米の個人主義を支えている」という考えは乱暴でしょうか。