連載中!「福祉・教育・ボランティア ちょっといい話」
(妹尾信孝、NPO法人日本福祉教育研究所所長、日本社会福祉学会会員、福祉教育アドバイザー、
 ボランティアスクール講師、「共育つうしん」42号〜59号、1998年10月〜2001年8月掲載)
No.01

 一体、世の中、どうしたのでしょう!? 汚職、殺人、自殺……、テレビや新聞は、暗いニュースばかりで、心までもが滅入ってしまいます。明るく楽しく元気の出る情報、思わず笑ってしまう、感動してしまう、「ようし、願張るぞ!」と勇気や希望の出る話題が欲しいと思いませんか? そこで皆様に、『ちょっといい話』をお届けしたいと思います。

 10月1日、起きると外は雨。この日は、前橋市亀里町にある“JA群馬”にて、朝礼を依頼されていました。車のない私は、公共機関が頼みの綱、バスから電車に乗り換えて、新前橋へ。タクシー乗り場に直行しましたが、雨天のせいか、大勢の人が列を作っていました。重ねて、タクシーの姿も一向に見える気配なし。約束は8時半、刻々と時は過ぎ、焦る気持ちを押さえ、次の手段に変更し、電車で前橋駅まで向かいました。

 今度こそは……、しかし、タクシーは見当たりません。「間に合う、大丈夫だ」、祈る気持ちでタクシーを待つ私でした。「時間よ、止まれ!」、心の中で叫びましたが、タクシーの存在は皆無、遅れることを覚悟して、先方に事の状況を電話で一報しました。「遅れてもいいから、お願いします」との返事、この朗報に励まされた丁度その時、一台のタクシーが入ってきました。電話ボックスから乗り場に騒けつけましたが、待っていたのは、3人の女子高生でした。万事休すと思ったその瞬間、女子高生達が声を掛けてきたのです。まるで、呟い光が差し込むかのように、明るく爽やかな一言でした。

 よほど、私が急いでいるように見えたのでしょう。「急いでいられるのでしたら、お先にどうぞ!」と、次にいつ来るかも分からないタクシーを譲ってくれたのです。きっと、女子高生も急いでいたに違いないと思います。「すいません」と「ありがとう」、お礼もそこそこにタクシーに乗車してしまいましたが、その親切な行為に感謝しながら、目的地へと向かいました。女子校生のお陰で、10分だけの遅れで到着することができ、朝礼の講話もつつがなく行なうことができました。3人の女子高生に感謝して止みません。

 人との繋がりが失われつつある今、寂しい世の中になってしまったとつくづく思っていましたが、タクシーを譲ってくれた高校生の行為に、私は人の心のぬくもり、暖かさを感じました。「最近の若者は……!?」とよく耳にしますが、決してその様なことはないと思います。外見だけで、人の価値観を決めてしまうことはいけないことです。私達大人も、考えるべきところが多々あるのではないでしょうか?

 服装が乱れ、髪を染めているから、『不良』と決めつけてしまいがちです。少し違う角度から若者達を見てみると、案外、彼等の純真な心が見えて来るかも知れません。また、学校の成績だけを追及せず、子供達のよいところを見つけ、それを褒め、伸ばすことがこれからの教育には、特に大切ではないだろうか、私はあの日、出会った高校生の姿を頑に浮かべながら、そう思いました。ほんのりと香る、人の心の暖かさ、皆様にもお分け致したく綴って見ました。今後も、心和む話、元気の出る話など、日々の生活で忘れ掛けている大切なものを、私の小さな出会い、出来事を通して、紹介していきたいと思います。

 障害を持つ者として、体験をもとに学校や地域、企業などで、『こころ豊かに生きる』をメインテーマに、広く教育や福祉、人権を通し、共に生きる社会を目指しながら、講演、啓発活動に取り組んでおりますが、この度、わたらせ教育フォーラムの会員となり、『共育つうしん』に連載されることになり、光栄の至りです。毎号、心を込め、全身全霊、私の思いや体験を紙上をお借りして表現していきたいと思います。どうぞ、宜しくお願い致します。

No.02                               ▲戻る

 最近、東京に出掛ける機会が増え、都内での移動は地下鉄とバスを利用しています。晩秋、S区の社会福祉協議会に向かうため、路線バスに乗車しました。本県とは異なり、バスの便も多く、乗り遅れても直ぐに次のバスが到着し、利用者の便宜を図っています。都営や市営バスは、全区間均一料金で運行され、これも利用者にとって嬉しい限りです。乗車率の高い都会だから成せること、本県と比較するものではありませんが、車のない私には羨ましく感じます。

 その路線バス、『ノンステップバス』と称し、車椅子で乗車することができる低床式バスも走行しています。乗降の際、段差がないため、お年寄りや一般乗客もスムーズに足を運べます。座席にも工夫がなされ、空間を広く取ってあるのも車椅子での乗車を配慮しての造りなのでしょう。このバスに乗車して、ちょっと得をした気分になりました。

 しかし、設備は良かったのですが、バスの走行に問題がありました。交通量に加えて信号の多い都内では、車の運転にはどんなに神経をすり減らすことでしょう。まして、バスの運転手となればなおさらと思います。相当の疲れやストレスのたまる仕事であり、運転手の心境を察するところがあります。しかし、人の命を領かる仕事、安全運転に心を配ってほしいものです。最低限の利用客に対するサービスと思います。

 停留所で、お婆さんが乗車しました。乗車するやバスが発車し、お婆さんはよろけ、倒れそうになりました。側にいた若者が支え、事なきを得ましたが、私自身も思わずヒヤリとしました。交通量も少ない昼下がり、スピードを出し、信号や停留所では急ブレーキを掛けるため、乗客は前のめりになることが幾度となくありました。ある乗客が質してもそしらぬ顔で運転する若い運転手、目的地で降りた私は気分が優れず、このバスに二度と乗りたくないと思いました(不運にも、帰りのバスも同じ運転手に当たってしまいました)。すべての運転手がそうでないでしょうが、恐怖心や不愉快な気持ちを抱かせられると、車両の改造、設備の充実がなされても、利用客にとっては無に等しくなってしまいます。心を形に、形に心を……、安全運転には、十分過ぎる位の配慮をしてほしいと思います。

 本県でよく利用するK交通のバスは、環境保護を配慮した装置が取り付けられ、また、利用客への対応も行き届いています。朝夕、交通量の激しい時でも、客が座席に着くか、吊り革などに掴まったのを見届けて発車したり、下車の際、料金を払う客に対し、「有り難う御座います」と告げるなど、利用客を大切にしている姿勢が伺われます。時に、料金の支払いに万札を差し出す人を見掛けます。運転手は嫌な顔もせず、他の乗客に声を掛け、「どなたか一万円、細かくなりませんか?」と尋ねます。両替に応じた客に対し、「助かりました。有り難うございました」とお礼を述べます。仮に、両替が無理な場合も、「この次、利用するバスでお願いします。」と告げます。客を信頼してのサービス、K交通の運転手さんの姿勢には常々頭が下がります。

 このような事もありました。時刻表より、かなり早くバスが到着したため乗り遅れ、先方に迷惑を掛けてしまった事がありました。本社に連格すると何度も陳謝され、数日後、全車両の運転席に、デジタル・ウォッチが設置されました。以後、遅れることはあっても予定時刻より早く来ることはなくなりました。利用客の希望、苦情に対し真剣に取り組み、善処する姿勢は目を見張るものがあり、私自身も学ぶところが多くあります。

 物も豊富、設備も充実、何もかも恵まれ過ぎているためか、肝心な人と人の繋がりやコミュニケーションが図れていないような気がします。公共施設、設備の充実など、多額の投資があるにも拘らず、その機能が旨く生かされていないのが残念でなりません。建物や設備も大切ですが、利用するのは人であり、人間なのです。人と人との繋がり、『心』が入って、その建物や設備も生きて来ると思います。人間らしく、こころ豊かに生きたいものです。

 不況風の吹く今こそ、心の豊かさ、人間の本来の姿を見直すチャンスかもしれません。当たり前の行為を、どのように自然に振る舞うようにしていくのかが、これからの福祉、教育の課題であると思います。昨今、問われている『心の教育』のヒントもここにあるのではないでしょうか?

No.03                               ▲戻る

 ありとあらゆる物が手に入る一方で、物を大切にしたり、物に対する愛着心が失われ、すぐに処分したり、捨てたりする人がいます。地域のゴミ収集所には、新品同様な物、まだまだ使える物が出されており、無念さや空しさを覚える時があります。

 不法投棄も跡を絶ちません。野や山、川、海、至る所はゴミだらけ、人が造り出したものがゴミとなり、自然の景観を損なうだけではなく、動植物の生命まで奪っていきます。
経済の発展が、物の豊かさを産み、生活も豊かになりましたが、物質主義や個人主義の反動から、人の繋がり、絆が稀薄化し、「自分さえ良ければいい」という気持ちが、環境や自然の破壊をもたらしてしまったように思えてなりません。

 高度成長時代、生産性向上と利潤追及のため、人々は馬車馬のように働きました。時間的な余裕もなく、時に自分や家族を犠牲にしながら、残業も厭わず、あくせくと仕事に精を出しました。結果、日本は世界屈指の経済大国となりましたが、人間にとって一番大切なものを見失ってしまったのです。今、さかんに問われている『心の教育』、そのキーワードもここに隠されていると思います。

 不登校、いじめ、暴力…、子ども達の心は歪み、荒れるのもこうした一連の流れにあるような気がします。お金や物で解決し、ゆとりを持って手間隙掛けずに、子育てをしてしまった大人達の責任なのではないでしょうか? 子育ては、インスタント食品のようなわけにはいきません。子どもは、親の背を見て育つと言われます。親の姿勢、生き方が大きく子どもの成長に関わってきます。小さな『心』に大きな『愛』を注ぎ、人として、人間として心豊かに育てていきたいものです。お金を掛ける以上に、心を掛けた子育てが一番だと思います。

 この正月、娘2人からお年玉を貰いました。子どもからお年玉? おかしな複雑な気持ちでしたが、とても嬉しく思いました。開いて見ると、一円玉から五百円玉まで小銭が袋いっぱい、さらに千円札も一枚入っていました。聞けば、学校の帰り道や犬の散歩道、自動販売機などで拾い集め、貯金箱に溜めておいたとのこと。端から見れば、そのような行為を許す親の姿勢が問われ、可哀相な子どもと見られるかも知れませんが、お金や物を大切にする心が自然に養われている娘達の成長に感謝すると共に、神棚に納め、手を合わせている今日この頃です。一円玉が落ちていても、目もくれない人達が多くなってきました。一円玉も大切なお金、一円に泣くこともあります。物の大切さ、有り難みを改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか? 銀行や企業の倒産が相次ぎ、職を追われる人達も少なくありません。平成不況と囁かれる今日、巷には物が満ち溢れ、ブランド嗜好、グルメ嗜好と言う言葉も定着し、不況何吹く風、その陰りさえ感じられません。一昔前のイメージが強いのか、経済大国に魅せられ、多くの外国人が訪れています。特に、開発途上国の人達は、金満日本と過大評価し、密航してまで日本の国にやってきたいと言います。しかし、そのような日本国、果たして本当に豊かな国なのでしょうか? お金や物に富んだ暮らしであっても、人間関係が疎遠となり、それが因で様々な心の病を引き起こす人々も少なくない日本の社会、海外の人達の認識と理解を深めるためにも、この不況を機に本当の豊かさ、幸福を見つめ直すべきだと思います。

 日本は、素晴らしい経済回復を遂げました。次なるものは、心の回復です。心の回復は、心のゆとりや豊かさを助長させ、人間同士の幸福だけではなく、生き物や自然、そして、物を大切にする気持ちを育んでいきます。いじめや暴力、不法投棄、環境破壊も解決されていく筈です。もしかしたら、心の回復が、景気回復の糸口になるかも知れませんよ!?

No.04                               ▲戻る

 地方に住んでいる人の中には、都会の暮らしに憧れ、都会の人に引け目や劣等感を抱いている人がいます。都会がすべての面で地方に勝っていると思い込んでいる人も少なくありません。『隣の花は赤い』ではありませんが、よその地は美しく華やいで見えるのかも知れませんね。

 「東京だから、福祉が充実し、福祉教育も推進されていると思ったら大間違い」、以前、東京のあるボランティアセンターの職員が話してくれました。最初、言われることがよく分かりませんでしたが、都内の福祉や教育機関など、自分の足で歩き、目で見、耳で聞いて、その意味が最近になって理解できるようになりました。大都会の生活は、昼と夜では人口も異なり、人々の繋がりも疎らであることから、地域福祉が根づかないところにあるようです。

 全国的に、福祉教育や体験学習を導入し、学校と福祉機関がタイアップして、様々な試みを実践している学校が多いのですが、東京ではその活動が思わしくないと聞きます。福祉協力校に指定されながら、福祉機関と連携することなく、独自の体験学習を実施している学校が多いとのこと。先日、せたがやボランティアセンター(民間組織)理事長、牟田悌三氏と対談した折りにも、行政との協力連携には消極的でした。都民と行政、また、行政組織間に壁があり、歩調を合わせて同じ方向に進むことに難があると牟田氏は言います。

 「群馬の福祉は遅れている」と耳にすることがあります。しかし、県内の行政や公共機関、学校を訪問し懇談する機会がありますが、一生懸命、話しを聞こうとする姿勢が伺われます。ある人が、「その話しは、新鮮味があっていい!」と言われました。福祉を向上させるには、前向きな姿勢を持ち人の話しに耳を傾けること、そして、新鮮さと斬新さを持つことが大切なのではないかと、多くの人達との出会いを通じ考えさせられました。東京で様々なところを巡りましたが、耳を傾ける人はあまりいませんでした。「今のままで十分、これ以上の仕事を増やしたくない」という考えがあるようです。大都会にはない、人の良さ、素朴さを持つ地方ならではのいい面が福祉を向上、発展させる意味において、とても大切なことと改めて感じています。

 だからと言って、東京のすべてが悪いわけではありません。私が講演を依頼された福生(ふっさ)市社会福祉協議会は、住宅街の中心に位置し、ボランティアの出入りも多く、個人や団体の連絡協議会と連携を密にし、多種多様な活動を精力的に行なっています。講演以来、福生市社協との交流を続けていますが、ボランティア連絡協議会の活動について助言したことがあります。一部、その内容を紹介したいと思います。

 「核家族化、少子化などの原因で、子育て中の若い母親がノイローゼになったり、ストレスからわが子を虐待するケースが増え、大きな社会問題になっています。子育てを終えたメンバーの方が、自らの体験を若い人達のために生かしてみてはいかがでしょうか?」とアドバイスをしてみました。後目、市社協内に連絡協議会の席を設け、「育児相談コーナー」として様々な育児の相談、助言など、メンバーが交替で任に当たっているとの連絡が入りました。会も活気づき、それぞれの会員が生き甲斐を持って頑張っていることも付け加えられました。ちょっとしたアドバイスが、このような形で実現されたことをとても嬉しく思いました。行政と民間が連携協力し、知恵やアイデアを出し合うことにより、様々な問題も前向きに解決していくのではないでしょうか?都心から離れた小さな街、福生市ですが、東京都の福祉の発信地として大いにその姿勢を都民や行政機関に浸透させて欲しいと願って止みません。

 地方には地方の良さがあります。人の繋がり、情けも遠ざかる世の中ですが、地方、田舎にはまだまだ息づいています。福祉の心の原点もここにあるように思います。都心に暮らす友人は「お前の住んでいるところが羨ましい。」と言います。彼にとっても、やはり『隣の花は赤い』のです。

No.05                               ▲戻る

 昔、日本には戦争や飢饉によって食糧不足になり、飢えと苦しみから多くの人々が命を奪われた時代がありました。高い年貢を納め、食べることが精一杯という貧困生活を余儀なくされた人達もいました。

 しかし、飽食社会とも呼ばれる今日の日本は、高度経済成長を機に目覚ましい発展を遂げ、人々の生活は豊かすぎるぐらい豊かになりました。当時の人達は、現代人の生活を見て「もったいない」、「ばちがあたる」と言うかも知れません。食料や物に困ることのなく、豊かで便利な生活を送る現代人は、『物』に対しての幸福を得ることができましたさらなる豊かさ、幸福を求めるあまり、いつの間にか、人として人間としての大切な『心』が、物の豊かさとは裏腹に貧困化してしまったように思われます。日本人の『心』の幸福は何処へ行ってしまったのでしょうか?

 物の豊かさは、自然界にも影響を及ぼしました。車の排気ガス、工場の排煙が酸性雨を呼び、植物を枯れさせ、野は、ポイ捨てされたごみの山、川、海も汚水でよどみ、自然や生物形態が崩れ始めています。人間同士が引き起こす戦争、恐ろしい破壊力のある武器で、人間だけではなく、自然の命まで奪い去ります。今や、自然界は崩壊の危機を迎え、地球自体の生命さえも危ばまれています。そして、物の豊かさから抜け切れない人間界もまた、少しずつ音を立てて崩れ始めているように思えてなりません。

 食物も豊富となり、ありとあらゆる物を食することのできる今日、それは現代人の身体にも影響を与えるようになりました。虫歯、アトピー、肥満、糖尿、癌など多くの現代病がありますが、因となるものは何と言っても食生活の変化でしょう。「質素な生活は健康の源」と言う言葉がありますが、物溢れる豊かな生活に慣れた人々は、健康にも無頓着になっているようです。私の子どもも一時、皮膚炎に悩まされた頃がありました。

 我が家には、梅雨時になると白い花を咲かせ、独特の臭いを漂わせ、十薬としても知られる『ドクダミ』を栽培しています。兵庫県から引っ越す時に、植木鉢で持ってきたものですが、今では家の周りに雑草のように生い茂るようになりました。花を咲かせる頃、根ごと刈り取り、土や汚れを洗い落とし、束にまとめ、日陰で乾燥するまで干しておきます煎じて飲むまで手間隙掛かりますが、その効能は驚くものがあります。

 『ドクダミ』を煎じて飲むようになったのは、長男が小さい頃、春先から夏に掛けて全身に水泡を持った発疹ができ、病院で飲み薬や塗り薬も効果なく、ある漢方薬局で『ドクダミ』を勧められたことがきっかけでした。毒を以って毒を制すの如く、『ドクダミ』を煎じて飲ませるうち、長男の発疹は少しずっ消えていき、嘘のように跡形もなくなり、その翌年からは発疹することはなくなりました。化学薬品のように直ぐに効力は現れませんが、続けて飲むことにより、じっくりと効いてくる『ドクダミ』、我が家の自然薬、健康薬として家族全員でお茶替わりとして飲んでいます。この素晴らしい自然の恵みに感謝しないではいられません。

 普段、何気なく過ごしている毎日ですが、自然との関わりはものすごく大きいものがあると思います。空気や水がなければ生きていけない私達は、自然によって生かされていると言っても決して過言でありません。自然がもたらす大きな恵み、太陽があり、大地や水、植物があるからこそ、人間は生命を与えられ、心身の健康を維持できるのです。いくら、物が豊かであっても人間は生きてはいけません。生命の源でもある自然、人間を助けてくれるように、人間もまた、自然を大切にしなければなりません。自然との共生が叫ばれ、その保護に必死になっていますが、制度や設備に奔走しても人間としての心を持ち合わせなければ、自然を救い、保護していくことは難しいと思います。優しさと思いやり、心の豊かさが自然を保養し、私たちの住む地球を守っていくのではないでしょうか?

No.06                               ▲戻る

 「そこのけ、そこのけ、お馬が通る」。そんなのどかなことを言っている時代ではなくなりました。見通しが悪く、狭く曲がりくねった道でも、車はスピードを上げて走っています。速くて便利な乗り物は、今や生活必需品となり、重宝がられていますが、一歩間違えれば危険と隣り合わせていることも忘れてはいけません。車の運転には、くれぐれもご用心願いします。

 車を運転される方を責めているわけではありませんが、時に、車から降りて、自分の足で歩いてみるのも、一味違った趣があってよいものです。自然の空気や緑にふれながら歩いてみるのも、また楽しいものだと思います。ストレスや緊張感から解放され、身も心もリフレッシュした気分になっていきます。

 歩くことの多い私は、しばしば、目を背けたくなる光景に出会います。内臓むき出しで横たわる犬や猫、頭と胴体の区別が分からず、羽だけ残っている干からびた雀や燕を目にします。人身事故でないにしろ、彼らも車に轢かれた被害者(物)に違いありません。そのまま放置され、その上を何台もの車が踏んでいくのです。死んだ彼らにしてみてもたまらないことだと思います。人を轢き殺したり、死体遺棄をすれば罪を問われるのに、動物が轢き殺され、死骸をそのままにしておいてもいいのでしょうか?

 動物保護がさかんに提唱されていますが、大いに考えるべき問題であると思います。

 あるどしゃ降りの日、両手をどろどろに汚した娘が、学校から帰ってきました。理由を問うと、車に轢かれてペチャンコになった燕の死骸を道端の草むらに埋めてきたとのこと。そう言えば、これまでにも何回か、雀や燕の死骸を持ち帰り、庭の隅に穴を掘り、埋めているのを見たことがあります。野の花を添え、手を合わせて拝んでいる娘の姿が目に焼きついています。

 自然との共生が叫ばれていますが、人間の勝手な振る舞いから、自然の形態や生態が狂わされています。先日、奄美大島のハブ退治のため、連れて来られたマングースが増え続け、ハブではなく、天然記念物であるアマミノクロウサギを襲い、その生存が危うくなったことから、マングースを捕獲し、絶滅を図る計画が環境庁から発表されたという記事が掲載されていました。夜行性のハブと昼行牲のマングース、双方が遭遇する時は、ほとんどないとも書かれていましたが、しっかりと動物の生態を把握していなかったミスが、このような事態に追い込んでしまったように思われてなりません。人間の身勝手さから、マングースを処分しようとは、あまりにも残酷な話ではありませんか?

 人間の身勝手さは、いつまで続くのでしょうか?

 様々な動物が捕獲され、殺され、毛皮を剥がされる動物たち、物のように売買される動物たちは、何千、何方にも及んでいます。数多く生息していた動物たちは、天然記念物に指定されるまで激減し、人間の力で育てられる動物たちも少なくありません。また、リゾート地の開発のために、森林伐採が進み、住家や食料を失った動物たちは、人間の住むすぐ近くまで下りてきているのも事実です。野生の猿が人里へ下り、畑や家畜のみならず、人間にも危害を加える話もよく聞かれます。

 アマミノクロウサギも、人間の身勝手な行為から、住家と食料を奪われ、やむなく人里近くまでやってきて、人里に放たれたマングースの餌食になるとは、何とも皮肉なことだと思います。自然保護、動物愛護を言う前に、物の豊かさばかり求める人間自身が反省し、悔い改めなければいけません。車の排気ガスや産業廃棄物など、人間の手で作り出されたものが、自然を汚し、動物の生態を狂わせ、地球そのものが傷つき始めているような気がします。

 地球は、人間のためだけにあるのではありません。大地や海をはじめ、生きているすべてのもののためにあるのです。空気や水がなければ、生物は生きてはいけません。地球が生き、自然が生きているからこそ、人間だって生きていかれるのです。人間にとって、都合のよいことばかり唱えていると、破壊した自然に人間が滅ぼされるという悲劇が訪れないとも限りません。勝手な振る舞い、思い上がりは禁物、自然を敬い、感謝する心で、真の自然と人間との共生を図っていきたいものです。

No.07                               ▲戻る

 「時」と「人」は、互いに持ちつ持たれつ、仲のよいコンビ。人は、生活を営むために時を活用し、時は、人の歩いてきた道を刻みます。人は、時と共に生かされていると言ってもよいでしょう。古今東西、時と人の関係は変わりなく、過去、現在、未来へと刻まれていきます。原理、原則は永久不変なのですが、時代や社会の流れと共に、時と人の関係は大きく様変わりしてきました。

 時間に追われながら、あくせく動き回る現代人、日々の忙しさの中に生きる人達にとって、時とは、どのような存在なのでしょうか。ボーツとしている時間がもったいない、僅かな時間も惜しんで、常に頭を張り巡らせている人がいます。刻々と通り過ぎる時間ばかりが気になり、よい知恵やアイデアが浮かばないと悩んでいる人も多いようです。時間を上手に使いこなす人が少なくなってきたように思えてならない今日この頃です。

 日本人は、世界一、勤勉な国民と言います。その一方で、高度経済成長期に生まれたエコノミック・アニマルの言葉は、今も健在、日本人は、馬車馬のように働く国民と評され、働き蟻とか働き蜂と皮肉られているのも事実です。勤勉な日本人は、少しでも時間を有効に使おうと、常に忙しくしていないと落ち着かない習性があるのかもしれません。科学技術の進歩は、私達の生活を豊かに便利にしましたが、その合理化と時間の短縮が、益々、生活を忙しくさせてしまった気がします。時間が短縮された分、生活に余裕が持てる筈なのですが……。

 日進月歩、目まぐるしく移り変わる世の中に、日々を振り回されてしまいがちですが、時には、足を止めて周りを見渡す心のゆとりを持ちたいものです。一生懸命になることは大切ですが、いつも張りつめていると心身共に疲れてしまいます。一息ついて、ボーッと過ごす時間、無になる時間も必要と思います。のんびりと心身を休ませることも、「時」の大切さを意味しているのではないでしょうか?

 本県に引っ越して間もない頃、知人の案内で上野村を訪れる機会に恵まれました。群馬の秘境と聞いていたこともあり、童心に戻ってわくわくしながら出掛けたことを覚えています。それは、宝物の箱でも開けるかのように心踊らせる楽しい旅でした。くねくねと曲がりくねる道、幾つものトンネル、車一台がやっと通れる細い道、変化に富んだ景色に胸の高まりを隠せなかったことも事実です。「トンネルを出ると、そこは雪国だった」ならぬ、「トンネルを出ると、そこは隠れ里だった」の言い回しが当てはまる上野村、タイム スリップしてしまったような不思議な感覚が、今も鮮明に心の中に残っています。御伽草子の世界に入り込んだ、ほんのひと時の時間旅行は、忙しさを忘れさせ、身も心もリフレッシュさせてくれました。癒しと新たな活力となり、本当に有意義な時を過ごすことができました。 

 精神を病む現代人が増えています。症状は様々ですが、忙しさや時間の束縛も大いに要因があるようです。「病は気から」の言葉通り、心の疲れは健康を阻害してしまいます。
心にゆとりを持ち、心が健康になることが必要です。日々の生活に、心のゆとりを持つ時間を見出だすことはもちろんですが、時には、のんびりと自然に触れてみるのもよいものです。自然は空気を浄化し、人にきれいな空気を与え、心の疲れを癒してくれる効果があります。風の音に耳を傾け、足元に咲く草花に目を向けるだけでも気分一新、新たな自分を発見し、さらなるファイトが湧き上がることでしょう。 「時」と「人」が、共有しあい生かし生かされるのは、まさにこの時なのかもしれません。時間を上手に活用し、ちょっと、自分の時間に空間を置いてみませんか?

 最後に、ボランティアの心を教え私を福祉の道に誘った、故、高島巌先生の言葉を紹介したいと思います。

 いそいではいけない かまえてはいけない たえることだ まつことだ いのることだ

No.08                               ▲戻る

 便利で豊かな社会、医学技術の進歩も手伝って日本人の寿命も延び、元気で健康に暮らせる世の中になりました。高齢社会に伴い、介護保険制度が導入される運びとなり、その介養にあたるヘルパー養成や確保、施設の見直し、福祉機器の拡充など、国も自治体も懸命な取り組みを見せています。また、病院や企業でも各々のニーズに応えようと研究、開発が盛んに行なわれています。

 しかし、高齢者社会とは言え、世の中は皆が皆、高齢者ではありません。高齢者のためだけに、制度や設備、サービスなどを整えなければならないのか、少々、疑問に思うことがあります。「お年寄りを大切に」、標語としてもよく使われている言葉ですが、高齢者が逆手にとり、自分の都合の良いことに利用する節も見受けられます。

 伊香保温泉の帰りでしょうか、旅行鞄と土産袋を抱えた年配の女性、7、8人の団体と、渋川駅から同じ車両に乗り込みました。席も余裕があり、半数に別れて向き合うように座ったまではいいのですが、座席に鞄や袋を置き、隣との間を開けて深々と座り、中には靴を脱ぎ、正座をする人もおりました。駅を越すごとに段々と席も埋まってきました。そこに乳児を背負い、4歳位の子どもを連れた若い母親が乗ってきました。幸か不幸か、その団体の前に乗り込んだ親子。母親は吊り輪に、幼い子どもは母親の服に掴まりました。電車が揺れる度、必死で母親にしがみつく子どもに向かって、団体の一人がこう言うのです。「子どもは足腰が丈夫になるから、立っていたほうがいいんだよ。私はおばあちゃんだし、先が長くないからね」と……。「そうよ」、「坊や、お利口さんね」、他のメンバーも口を揃え、相槌を打つだけで一向に席を詰めたり、鞄や袋を退かす様子は見られませんでした。揺れる電車の中で、乳児を背負い、幼子を抱え、吊り輪一つで身を支えることは、かなりの重労働に違いありません。少し詰めたり物を退かせば、小さな子どもは座れ、母親の負担も軽くなる筈、高齢者を敬い、大切にすることは言うまでもありませんが、高齢者にも相手を思う気持ちを持っていてほしいと、改めて実感する出来事でした。

 「この頃の若い者は!」と嘆く高齢者も少なくありませんが、高齢者自身が思いやりやいたわりの心を忘れてしまっては、若い人達に正しい道を歩ませることは難しいと思います。幾多の困難、苦労を乗り越えてきたお年寄り、自らの体験を教訓や手本として若者達に伝えていくこと、人の繋がり、人間関係の大切さ、また、生きる指針を若い人達に伝えていくことも、高齢者の役割なのではないでしょうか?

 「幾つ年を取ろうと高齢者呼ばわりされたくない」「年寄り、シルバーという言葉は使ってほしくない」と呟く高齢者も多いようですが、都合が悪くなったり、不利な立場になると、「若くはないし、年寄りだから」と逃げ口実に使う人達も少なくありません。身体的機能も、若い頃と比べ衰えることは事実であり、生命あるものは老い、衰えていくのは自然の摂理であり、それに逆らうことはできません。しかし、年を取り、体力は落ちても、「心」までが年老いていくことは不自然だと思います。心をかたくなに閉ざすことなく、相手に耳を傾ける姿勢、常に夢や希望に燃え、生き生きと輝く魂を持ち続けることが、年老いていく人達の健康な心の目標なのではないでしょうか? 樹齢何百年の桜の木、幹は枯れ空洞はできても、毎年、美しい花を咲かせます。人間だって同じ、否、知恵や体験を積んで歩んだ高齢者は、年を増すごとに、桜の花以上に美しい花を咲かせることができると思います。私も、来年50歳、もっと心に種を蒔き、美しい心の花をいっぱい咲かせて生きたい、自らに問い掛ける今日この頃です。

 あの団体客、実は老人クラブの慰安旅行のグループでした。在宅高齢者に給食サービスを行なっているボランティア仲間らしく、調理や配達、在宅高齢者、その家族の話題など口々に話しておりました。ボランティア活動は尊く頭が下がりますが、それ故、親子連れに対する姿勢が悔やまれてなりません。

No.09                               ▲戻る

 世の中には、様々な人達が暮らしています。日本の国にも日本人だけではなく、多くの外国人が住み、生活を送っています。小さな国、日本ですが、世界中のあらゆる国の人々が訪れ、長く日本で暮らす人達も少なくありません。

 私達と同様、彼等もまた、家庭や社会の中に暮らしていますが、そのような人達を蔑視したり、日本の社会に受け入れようとしない傾向があります。自分達と違う人種がいて、違う社会があり、違う生き方があっていいはずなのに、皆と同じでなければいけないという考え方が、未だ、日本社会に根強く張り巡らされています。障害者、それだけで変な目で見られ、言葉(方言)が違うだけでよそ者と笑われます。生まれた所が同和地区というだけで周囲から疎外され、在日朝鮮人、それだけで言われない差別を受けます。国、民族、肌の色で決めつけ、同じ日本人でも血筋や家柄、地位、肩書き、体型、成績で判断する風潮が見られます。また、皆と少し考え方や行動が異なるだけで仲間外れにされたり、孤立させられる人も増えてきています。

 人権尊重、国際平和が提唱されて久しい昨今、差別意識が人々の心にはびこり、国や行政が是正を促し、民間団体が活発な啓発運動を展開しても、その開拓、推進が難しいのが現状です。同和地区の同じ仲間なのに障害を持つ人がいれば、社会と仲間の社会から二垂の差別を受けると言います。差別は人間がつくり出したもの、どうして同じ人間同士、差別をするのでしょうか? 同和、民族、障害者問題等、人権に関わる問題は、各々歩んできた道は異なるかも知れませんが、周りからいじめや疎外に遭ってきたのは事実、呉越同舟ではありませんが、人の繋がり、絆が薄れつつある今こそ、同じ仲間(同胞)として認めあい協力連携し、住みよい社会、共に生きる社会を築き上げていくことが大切であると思います。

 偏見や差別は、お互いを知ろうとしないことから始まります。世界中に電波が飛び交い、多種多様な情報が入発信できる時代、情報化が進んでいるとはいえ、肝心な事実が伝わらない場合があります。事実を隠して、偏見、差別意識の開拓を実践するには無理があり、逆にその意識を助長してしまうように思われます。事実を知ること、互いが理解し歩み寄ることが大切です。何も知ろうとせず、人を先入観や色眼鏡で見てしまうことは、最も恥ずかしく、恐ろしいことだと思います。

 先日、東京都小平市にある朝鮮大学校を訪れ、50名程の学生の方々を対象に講演を行ないました。しっかりとした目標を持ち、目標に向かって切磋琢磨しようとする様を、聴講する一人一人の姿勢を通して感じました。最前列から席を詰め、一言も漏らすまいと懸命に聞くその姿に、講話する私もいつになく緊張感に満ち、言葉一つ一つに力が入ってしまいました。研究院(大学院)の試験があるのにもかかわらず、聴講していた学生さんも見られ、「やはり、聴いてよかった。人間とは何か、人として人間としての生き方をもう一度原点に戻って考えてみたい」と声を大にして感想を述べてくれたことが印象的でした。この他にも力強い発言があり、常に私達が人間として心の大切さを伝えていることを理解して頂けたと感謝すると共に、身体中が熱くなるのを覚える私でした。

 最近、在日朝鮮人の方々と出会う機会に恵まれ、その話や姿勢に接する中から、報道がすべて間違っているとは言わないまでも、事実と相反しているところが多く、朝鮮人を見下したり蔑視したりする内容を書き記していることに疑問を抱いています。事実を知るには、その世界に身を投じ、本当の姿を知ることが賢明であると思います。そして、事実を知ることから、一人一人に真実を伝え教えて行くことが、「共に生きる社会」への第一歩なのではないでしょうか?

No.10                               ▲戻る

 親子関係が希薄化する昨今、「親子の会話を」と、キャッチフレーズのように言われている中で、我が家にも、どれほど親子の会話が大切であるかを思い知らされるような事件が起きました。親子の間で特に話なんて、と思う人達がいるかも知れません。しかし、日々の何気ない会話の積み重ねが親子の信頼や絆を深め、時として忍び寄る災いから家族を救うこともあるのです。

 今春、子どもたちが、中学校、高校、大学にそれぞれ進学しました。受験勉強から解放され、ホッと一息の長男と長女、期待より不安が先に立つ次女、三人三様の話題が家族の団欒を盛り上げる春休み、予期せぬ出来事が我が家を襲いました。大学が決まり、少々浮き足立っている長男に、その魔の手は入り込んできたのです。

 高校1年の時に同じクラスだったT君、1年生半ばで中途退学して以来、音信不通だったT君から突然電話が掛かってきました。「仕事の関係で東京に行ってしまうので、一度会いたい」とのこと。毎日のように、東京や地方の大学に行く仲間たちと時間を惜しんで交遊する息子は、あまり付き合いのなかったT君からの電話には消極的でした。掛かる度に断っていましたが、再三の電話に根負けし、一度だけということで会う約束をしました。夜遅く執拗な電話、親としても気掛かりでしたが、ひとまず息子の意志に任せることにしました。

 2時間後、帰宅した息子は、「騙された」と、渋い顔。約束した場所に行くと、車に乗せられ、市内のある建物に連れて行かれたとの弁。そして、玄関を入るなり、T君に数珠を押しつけられ、俺の真似をすればいいと、仏壇らしきものに向って拝まされたようです。部屋にいた数人に囲まれ、その異様な雰囲気と恐怖心を感じた息子は、帰るに帰れず、訳の分からぬままに手を合わせていたと言います。一通りお経? が済み、部屋を出るとき、「絶対、親には見せるな!」と、口止めされたと言い、黒色の数珠と小さな経文をポケットから取り出して見せてくれました。T君の電話が、このような事態を招くとは思いもよらないことだったのでしょう。怒りと憤りを隠しきれない様子で、事の一部始終を話してくれました。


 この種の話はよく耳にしますが、実際に家族に降り掛かろうとは……。しかし、息子が話してくれたお陰で大事に至らなかったことは言うまでもありません。手渡された数珠と経文は、すぐにT君の自宅に送り返しましたが、案の定、これだけでは終わりませんでした。その後も勧誘の電話が続き、息子も精神的に落ち込んでしまい、親が代わって応対しました。「親では分からん、本人を出せ!」の一点張り。脅迫めいたセリフも飛びかい、改めて事の重大さを察知し、親としても引き下がるわけにはいきませんでした。入会させようと必死なT君、息子を守ろうとする親、その攻防は一時間あまりに及びました。途中で電話を切ったところで収まるはずはありませんから、相手が諦めるまで受話器を握る覚悟で望みましたが、応対に疲れてきたのか、携帯電話の電池が切れかけてきたのか、捨てゼリフを残して電話を切ってしまいました。数珠と経文を渡されたとき、署名、捺印しなかったこと、自宅を教えなかったことも幸いし、何とか初歩の段階で防ぐことができました。以来、T君からの電話も途絶えました。

 せっかくの春休み、この一件で沈みがちになっていた息子ですが、心機一転、新しい仲間もできたらしく、元気に大学に通う今日この頃です。いろいろと頭を抱える出来事でしたが、日頃からの親子の会話が家族を救ってくれたことは感謝です。もし、息子が黙っていたら、渡された物を見せてくれなかったら、もっと深刻な事態に発展していたことでしょう。子どもが小さい頃から、何でも話し合える場をつくっていたことが、未然に防ぐことができた要因でしょう。普段からのさり気ない会話が、親子の絆を深め、家族の結束を強くしていくのだと思います。家族の会話がなぜ必要なのか、その積み重ねがどれほど大切であるか、目に見えるものではありませんが、図らずもトラブルに巻き込まれそうになった時に効力を発揮することができ、また、その問題を通して家族の絆を再認識し、より一層の信頼関係を築いていけるのではないでしょうか。

No.11                               ▲戻る

 物にも人にも用いられる「障害」という言葉、辞書で引くと、「妨げ、支障になるもの」と書かれています。山崩れで土砂が道を覆った場合、土砂は障害物となり、取り除かれます。このように、物の場合は、なんら違和感も抵抗もなく受け取れますが、人になると話は違ってきます。

 その昔、障害者は邪魔者、厄介者として社会からはみ出されていました。土砂ではありませんが、障害物として扱われていたと言っても過言ではないと思います。今、いじめや虐待が横行し、大きな社会問題になっていますが、障害のある人に対して、そのような事が平然となされ、社会の片隅で隠れるように暮らしていた時代が長く続きました。家族に障害のある子どもがいるだけで、世間から冷たい目で見られ、何の制度や保障もなく生活は厳しいものでした。福祉政策の推進から、制度、保障の拡充、また、ノーマライゼーション、バリアフリーが提唱され、障害者の社会参加が呼び掛けられる昨今ですが、障害のある人や、その家族には、辛く悲しい歴史があるのです。しかし、今日でも偏見、差別はまだまだ根強いものがあり、障害者の社会参加を阻んでいるようです。建物や設備に工夫が凝らされ、障害者が街に出やすくなっているのに、その姿は数少ないのが現状です。障害がある人もない人も、「障害」という言葉に惑わされ、それが壁となり、道を妨げているのではないでしょうか。言葉自体が障害になっていると思えてなりません。「障害」という言葉、人に用いると、何か特別なものを感じる人も少なくないようです。障害は特別なものでなく、誰にでもあることをもっと認識してほしいと思います。

 昨年、栃木県のある公民館に招かれ、福祉や人権に関する講演を行ないました。青年大学の一環として設けられたこの講座、終始、私の話に耳を傾ける若者たちの姿勢が印象に残っています。講演後、様々な質問が出ましたが、その中で、「障害」についての質問がありました。障害と言っても、種類や程度も異なるため、一言で説明するには難しいものがあります。そこで、少し視点を変えて、身近なことを例に挙げて話してみました。視力が弱く、眼鏡がなければ字が読めない、背が低くて電車の吊り革に手が届かないのと同じで、不自由、不便さを感じるのが障害であると説明すると、理解してくれたのか、相槌を打つ若者の姿も見られました。咄嗟の判断で考えを述べたのですが、私たちの身近な生活の中にも、障害は存在しているのです。

 眼鏡を掛けている人や、吊り革に手が届かない人に対して、普段の生活に溶け込み、自然な感じであるから、特別な意識も持たないでしょう。同様に考えると、身体機能に支障のある人を、街で、社会で、多く見掛けられるようになれば、ごく自然な光景になるはずです。しかし、現実はまだまだ厳しいものがあります。設備を設けることは容易でも、人の心を変えるのはとても難しく、そこに壁を感じさせられます。心の壁を崩すためには、知識や技術ではなく、障害の有無にとらわれず、一人一人の心が開き、豊かな心になることが大切です。

 「障害」、奥深く複雑多岐で、ややもすれば、偏見や差別を招きかねない言葉ですが、言葉より心、もっと広い視野に立って物事を考えてみることが、これからの私たちの課題であるように思います。共に生きる社会の実現をめざすことが、人に対する「障害」というイメージを変えてゆくのではないでしょうか。

No.12                               ▲戻る

 最近、医療関係者による事故が頻繁に報道されています。高度な設備を整え、専門医師を配した名のある大きな病院が、些細なミスで大切な命を奪ってしまうというのですから、何ともやりきれない話ではありませんか。点滴剤の誤使用、メスや鋏を残した縫合、患者を間違えた臓器摘出など、考えられない医療ミスが、いとも簡単に行なわれていることに驚かされます。ベテラン医師、看護婦による初歩的ミスもあるとのこと、過信やマンネリ意識が事故を誘発しないとも限りません。対人間相手、しかも命が相手の仕事です。くれぐれも慎重にその対処に当たってほしいものです。

 昨年、兵庫に住む義理の母が子宮がんのため入院しました。さまざまな検査を繰り返し、その進行具合から手術を余儀なくされました。子宮は摘出されたものの、早期の発見が幸いして、他の器官への転移もなく、しばらく病院で療養生活を送りましたが、無事に退院することができました。しかし、長い間、抗がん剤の投与を受けていた義母は、身体の変調を訴え、再び入院することになりました。設備が整い、完全看護の大きな病院でも、医師にも身体の異常が究明されないまま、また、数種類の薬をあてもなく飲まされる生活は、ひとり暮らしの義母にすれば、精神的にも辛いものがあり、病院のベッドは針のむしろに感じたに違いありません。

 折りも折り、投薬の影響からか食欲が減り、栄養剤の点滴を受けていた義母は、突然、腹部の痛みと発熱の症状に襲われました。点滴の針に付着した菌が体内に入り、炎症を起こした疑いが持たれましたが、治療を続けることにより炎症もおさまり、事なきを得たと義母は言います。病院の誠意ある対応で、義母は回復に向かいましたが、一歩間違えば大変な事態にもなりかねません。現在、自宅で療養を続けている義母ですが、長い入院生活で服用した抗がん剤、腹部の炎症治療剤、さらに睡眠薬などの副作用も手伝って、身体の新たな不調を訴える電話がしばしば掛かってきます。気丈な義母も、心身共にすっかり弱り切っている様子。今夏、4年ぶりの里帰りになりますが、家族全員で見舞い、元気付けてこようと思っています。

 がんの病は止むなきこと、しかし、化膿菌の感染はいただけません。身辺に起きた出来事に、決して他人事ではない恐怖と憤りを隠すことはできません。治療もハイテク時代、しかし、いつの世でも「医は仁術」の心を忘れてはいけないと思います。

 それにしても解せないのは、義母に腹痛と発熱をもたらした化膿菌の感染経路。点滴の針によるものならば、明らかに医療ミスに相違ありません。それが原因で、今も義母の体調がすぐれないことも考えられます。事の詳細はわかりませんが、二度とこのようなトラブルは起こしてほしくありません。

 医療ミスに限らず、食品工場の点検ミスによる不祥事も何件か続いています。名のある大きな病院、大企業だから大丈夫……ではなく、大病院、大企業だからこそ、念には念を、細心の注意を払って臨む姿勢でありたいものです。21世紀に向け、ますます発展する科学技術ですが、それをコントロールするのは人間、常に「心技一体」で事に当たってほしいと思います。

No.13                               ▲戻る

 コンピュータの発達により、ワープロやパソコン、産業ロボットなどのハイテク技術が進み、社会のあらゆる分野に導入されています。機械が機械を作る時代、人が作り出した機械に人が操作されていると言っても過言ではないほど、人と機械との関係は密接なものとなっています。

 以前、機械が人を操って革命を起こし、国家をつくるという映画を観たことがありますが、今日の社会と照らし合わせて見ると、ただの話と片付けられないような気がします。もはや、機械は生活必需品として存在し、人々は機械に頼りきっています。日進月歩、ハイテク技術が進む現代社会、人間の持つ感情までもが機械に汚染されないことを願わざるにいられません。

 「お婆さんの知恵袋」という言葉を耳にしなくなりました。子どもの頃、祖父母から体験を通した様々な話を聞いたことがあります。衣食住にまつわる生活の知恵、例えば、洗濯板の使用法、かま戸を使ったご飯の炊き方、五右衛門風呂の入り方などについて聞かされたことを覚えています。しかし、スイッチひとつ、ワンタッチですべて済んでしまうハイテク時代、機械と対話する時間が多い現代人には、先人の知恵など聞く耳を持たないのかもしれません。

 しかし、今日のような豊かで便利な社会に導いたのは、「お婆さんの知恵袋」ならぬ先人たちの知恵であったことを忘れてはなりません。寒い朝、井戸水であかぎれを作りながらの洗濯、薪の火で手間ひまかけた煮炊き物や風呂沸かし、どれをとっても時間と労力、加えて「こつ」が必要でした。時代に応じた生活といえばそれまでですが、知恵と工夫を凝らし生活を営んでいました。見聞き、経験を繰り返しつつ親から子、孫へ受け継がれたものです。そこには、親子、家族の会話があり、井戸端会議ではありませんが、井戸を囲んで洗濯したりお風呂を借り合うなど、隣近所の付き合いも多く、自然と人の繋がりや絆が深まっていったようです。何気ない会話の中にも新たな知恵や工夫が生まれ、徐々に生活様式も改善、改良され、その人々の知恵や経験の流れが高度経済成長をもたらし、高度な技術を生み出していったに相違ありません。

 洗濯機、炊飯器、浴槽、トイレなどに、至れり尽くせりのハイテク技術は、さらなる開発が進み、ダイヤルからプッシュへ、携帯、そして映像へと電話一つとってみても、その技術の伸びは著しいものがあります。人間の知恵によって築かれたハイテク社会は、時間をかけずに労力なしに生活できることを可能にしました。便利な製品に馴れ親しみ、快適な生活に習慣化してしまった現代人は、人との関わりや繋がりを煩わしく思うようになり、人より機械を頼る傾向も隠しきれません。テレビゲームが友達と言う子どもたち、パソコン、インターネットが先生と言う若者たちも少なくありません。

 先人たちは、生活を豊かに、暮らしを便利にという思いから、互いに知恵を出し合い創意工夫を積み重ね、今日の時代を築いてきたはずなのですが、その先人たちですら、いつしか、高度経済成長の波に乗り競争社会を呼び、人の繋がりや人間関係を疎外するようになってしまいました。先人たちの知恵も機械に吸収され、人よりも機械優先の社会、人の心までも機械化されてしまったとも思えます。子どもたち、若者たちが機械を選ぶ発想もうなずけます。

 しかし、豊かな生活、便利な暮らしを送り、機械と遊び機械に学ぶ彼らですが、決して心は満たされていません。一人遊びが主流の子どもたちは、自分よがりで協調性に欠け、遊ぶ相手も機械なので情緒や感性に支障をきたし、集団生活に適さないことから、不登校やいじめ、暴力行為に移行するケースも増えています。科学技術が進歩すればするほど、対人関係は衰退し、人の心は貧窮してしまうのでしょうか。

No.14                               ▲戻る

 自分自身、心がとても暖かく、希望に満ちあふれ、他人にも分けてあげようとする心が、幸福の意味であり、これが福祉の姿であると、活動を続ける中で実感することがあります。

 かつて、私たちを支えてくださった弁護士の先生がいました。人権尊重や相互扶助を説き、人を愛し、人に仕える大切さを幾度も繰り返し語っていました。まさに福祉は愛、心からのスタート、亡き先生の精神を引き継ぎ、これからも日々の活動に切磋琢磨していきたいと思います。先生との出会いが、私たち夫婦に生きる証し、否、人生を教え、講演活動を始める基盤をもたらしたと言っても過言ではないでしょう。こうして、講演活動を続けられることも先生との出会いから始まりました。初心を忘れず、決して奢りたかぶることなく、学びと研究の精神、満足と感謝、人を敬う心を持ち、世代や障害を越えて生命の尊厳と心の大切さを多くの人たちに伝えていきたいと思います。
 
 地道に積み上げてきた活動、熱心に耳を傾ける聴講者の方々が、地域で私の話を紹介してくれ、多方面で私を招くようになり、徐々に講演の機会も増えてきました。本当に感謝です。そして、その延長から、一つの組織、特定非営利活動法人(NPO)日本福祉教育研究所が発足しました。就職活動を続ける中、様々な人たちとの出会いから学び得たこと、講演活動を通じて、聴講者の姿勢から教えられたことを、より向上発展させる目的から、当研究所を設立した次第です。

 精神的にゆとりなく、心が乾いている人たちが増え、世の中が殺伐としている昨今、人のつながりや絆、人として生きる姿勢を見直そうという取り組みが、国や自治体で実施されています。今まで、民間レベルでそのような取り組みを続ける組織、団体がありましたが、個々の活動が主で、その広がりは、極めて狭いもので限りがあるもののように感じていました。私たちの団体は、その個々の組織を連携、ネットワーク化し、行政では難しい面をサポート出来るようにすること、また、個々の団体の特性や利点を生かし、悩める多くの人たちの心をサポート出来ることが、これからの社会には必要と考えています。行政と地域住民の中枢機能、パイプ役としてNPO法人団体が、「共に生きる社会」につながる基盤と思います。

 日本福祉教育研究所は、名称の通り、研究、企画をもとに、福祉教育の実践を図ります。事業の一環として、豊かな心を育む学びと語らいの場『人塾』があります。物や形が優先し、人間関係が希薄化し、うまくコミュニケーションがとれず、悩んでいる人も少なくありません。ハードな福祉、ソフトな福祉という言葉がありますが、人の心が絡むソフトな福祉、その壁は厚く固いものがあります。よかれと思ってしたことが、相手を傷付け、時に心の病気を引き起こし、人間不信に陥れてしまったという事例も聞いています。老若男女が気軽に集い、様々なテーマを取り上げ、ざっくばらんな話から、互いに心を通わせ、心豊かな人づくりを目的とするところが『人塾』です。体験談やいい話など、心を開いて話し合うことにより、人のつながり、絆を深めながら、生きていることと、生かされていることに感謝する心、共に生きることの大切さを互いに語り、学び合う場をつくっていきたいと思っています。

 心を学ぶことは、言葉では簡単に言えますが、本当はとても難しいものです。お互いに語り、学び合う場を設けることも、お互いの心の壁を取り外さなければ、真に心を学ぶことは出来ないと思います。本音で言える、本音でぶつかり合う場を、階段をゆっくり上がるような気持ちで、少しずつ築き上げ、皆、互いによりよい暮らし、心豊かな生活が送れるよう、NPO法人、日本福祉教育研究所を通して、さらに活動を頑張っていこうと思っています。

No.15                               ▲戻る

 福祉やボランティア、すっかり地域社会に浸透し、日常語のように使われるようになりました。しかし、中を覗いてみると、何か専門的で特別なことと捉えている人たちが少なくないようです。

 福祉、ボランティアの基本精神から、人の繋がりや絆の大切さを伝えるための啓発活動を続けておりますが、同時に、県内に止まらず、広く県外の行政をはじめ、教育、福祉機関などを訪れ、その取り組みや姿勢を伺ったり情報交換することも活動を推進していくための大切な役割と考え、精力的に足を運んでいる今日この頃です。いろいろと見聞きすることが、狭い視野から広い視野へ自らを見つめ直し、切磋琢磨する機会でもあります。

 昨年の暮れ、山梨県を訪れました。山梨には格別の思いがあり、お世話になった県社会福祉協議会、人材センターの所長さんにお会いすることも今回の目的でした。職を追われ、怒濤に立たされていた頃、当時の山梨ボランティアセンターの所長さんと共に、猛暑の中、県内の福祉施設30数か所も二度三度と回られ、私の就職のために頭を下げて頂いたという想い出があります。結果的に職は得られませんでしたが、他人であるにも関わらず、汗だくになって歩き回って下さった二人の所長さん、否、山梨の人には頭の下がる思いでいっぱいです。ボランティアセンターの所長さんはすでに退職され、お会いすることはできませんでしたが、今も仕事を続けられている人材センターの所長さんは、再会をとても喜ばれ、昔話に花を咲かせながら当時を懐かしみました。また、私の活動をお話しすると、大いに協力支援したいと、山梨県にある様々な機関を紹介、案内頂いたことは限りない感謝です。

 その一つ、ボランティアセンターを訪問しました。この日は、学校の先生方の福祉講話の合同学習会がありました。障害を持つ方3名を講師に招いての学習会、私も飛び入り参加することになりました。山梨では、学校に福祉講話を20年前から導入していると知り、刷新的な取り組みに「目から鱗」状態でしたが、学習会が進むにつれて、単に障害の理解のみに終り、また、枠にはまった
講話の内容に戸惑いを隠し切れませんでした。肢体(車椅子)、視覚、聴覚に各々障害を持つ講師は、市内の学校を訪れ、自分の障害や生活を子どもたちに語っているということですが、最近、講話に関心を示す子どもたちが少なくなってきているとの意見が出ました。

 ミニ講演を依頼された後、討論会でも意見を求められ、活動の紹介をしたところ、参加者は一様に唖然とした表情で聞き入っていたのは何とも印象的でした。爆弾発言をしたような少し気まずい思いもしましたが、私の話が何かの起爆剤となり、山梨の福祉講話の新しい風になればと願いつつ、会場を後にしました。この学習会を通じ、福祉講話の必要性を再確認すると共に、あらゆる視野や角度からとらえ、話に変化を加えながら、子どもたちとの接点を見出だしていく、例えば、イソップ童話の引用や自然保護や動物愛護の話を織り混ぜ、豊かな心を培い、人間として生きる姿勢を学ぶために、福祉講話の意義、目的が極めて大切であると改めて考えさせられました。

 福祉教育アドバイザーとして、学校や公共機関、また、企業などに招かれてお話している私ですが、とかく、福祉講話と聞くと、障害に関する話と受け取ってしまう人たちも少なくありません。福祉は、障害者だけに関わるものではなく、障害を持つ人も持たない人も、地球上で生活しているすべての人たちが関るものが福祉なのです。福祉という言葉が、特別なものとして考えられているのでしょうか?

 福祉が向上し、地域社会に日常語のように浸透してきましたが、まだまだ、上下関係、同情、施し……など、誤解や偏見も多く、真の意味は伝わっていないようです。

 私は、障害をよく眼鏡に例えて語ることがあります。昔は眼鏡を掛ける人が少なく、いじめや差別に泣く人たちもいましたが、今日は、視力のいい人もファツション感覚で、誰にも気兼ねなく眼鏡を掛けるようになりました。眼鏡は一般化し、特別から普通に転じたのです。このことから考えますと、街に地域に障害のある人が多く見られるようになると、特別視されることなく、障害者という言葉もなくなるかもしれません。福祉や障害者という言葉を特別なものにとられているのでは、日本はまだまだ福祉先進国にはほど遠いような気がします。21世紀は、心の時代とも言われています。豊かな心が社会に広がり、言葉よりも心が先行する社会であってほしいと思います。それが、共に生きる社会を築く第一歩になるのです。

No.16                               ▲戻る

 先日、「小学6年生男児、母親を刺殺」の記事を目にしました。ここ数年、若者によるトラブルや犯罪が新聞、テレビで報じられています。しかも中学生や小学生が関与する痛ましい事件が増えています。当事者でなければ分からない原因や動機、因果関係があるとはいえ、何よりも大切な命を、なぜ、いとも簡単に断ってしまうのでしょう。

 最近、少年による事件が浮き彫りにされ、それを題材としたドラマや映画も作られています。人を人とも思わない、残忍さ、残虐非道を物語っていても、そこに秘められているのは、寂しく悲しい、やりきれない姿であり、何か満ち足りず、もがき苦しむ若者達の真実の姿が映し出されているように思えてなりません。それにしても、どうしてそこまで人は「残酷」になれるのか、悲しい出来事を見聞きするたびに胸を締めつけられる今日このごろです。

 昨秋、義母が69歳でこの世を去りました。義母は、妻が高校2年の時に伴侶を亡くし、以来、女手一つで生計を支えて来た気丈な人でした。癌が発覚するまでは、大正琴や詩吟の講師、放送大学の受講、また、歴史研究会に所属し、全国各地を回ったり、地域のボランティア活動に参加するなど、あらゆる方面に精力的に取り組んでいました。それが、生き甲斐となっていたのでしょう。傍からみても輝いていました。そんな義母も病には勝てず、癌は全身に転移、飲食もままならない状態まで悪化し、最後は骨と皮と化しながら息を引き取りました。

 渋川の病院で亡くなった義母は、簡単な葬儀を済ました後、長年、暮らした兵庫県の自宅で本葬をすることになり、私も妻と共に列席しました。本葬の準備、後片付けに追われていた妻の一言に驚きを隠し切れませんでした。入院中、着替えや必要なものを取りに帰っていた妻は、部屋の中の異変に気づいて私に伝えて来たのです。義母の死から、本葬が行われた2週間の間に、タンスから押し入れ、部屋の中はすべて物色されているとのこと、私もそれを目の当たりにしてびっくりしてしまいました。

 遺族の意志を無視して、故人の持ち物を思うがままにする、人の心に奥深く眠る「残酷」な面をまざまざと見せつけられた思いがします。暴力や虐待、殺人という残酷さとは別に、「強欲」という心から来る残酷さが働いたのでしょうが、あまりに故人を踏みにじる行為、許されることではありません。生前、妻が形見として貰った大正琴も、親戚から「欲しい人がいるから送ってくれ」とせがまれる始末、これには妻も呆れ顔でした。義母が元気でいた項は、そんな素振り一つ見せなかったのに、亡くなった途端に周りの人が豹変するのを見て、妻はしばらく人間不信に陥っていたのも事実です。人は皆、少なからず「残酷」な心を持ち合わしています。直接、相手に危害を加える行為に至らなくても、精神的に追い込み、心を踏みにじるような行為は、卑劣極まり、まさに残酷という行為そのものではないでしょうか。人の心に宿る醜さと残忍さ、義母の死を通していろいろと考えさせられました。

 人の心を傷つけ踏みにじるといった残酷さは、自分本位な心から始まります。少子化で兄弟も近所の友達もいない子どもたちは、自分よがりで自己中心的な人間になりがちです。気に入らないと相手に当たる、相手の立場、痛みが分からない、これが要因となり、いじめや暴力、虐待などの行為に走ると言っても過言ではないかもしれません。物があふれる社会の中で、物を大事にしたり、辛抱や忍耐する心も培われないまま育った子どもたちですが、そのような社会をつくりあげてしまった、私たち大人もおおいに反省しなければならないと思います。

 人のつながりが薄れ、人間関係も複雑化している今日ですが、一番身近で、それも血縁者同士のつながりが乱れてしまっているのでは、人と人との輪を広げていくことも、人々が仲良く共に生きる社会を築いていくことも難しいでしょう。大家族から核家族に移行しても身内は身内、信頼し合える、助け合える、そんな関係でありたいと思います。遠くの親戚より近くの他人、遠くの親戚もまた大切にしていきたいものです。

No.17                               ▲戻る

 大阪教育大学附属小学校で、児童21人殺傷、止めに入った教師2人が重軽傷を負う事件が報道されました。何とも痛ましいこの事件、当初、精神を患い、一時的に錯乱状態となり、犯行に及んだと見られていたようですが、調べが進むにつれ、精神障害と偽れば罪にはならないという犯行の動機が容疑者の供述から明かされてきました。まだ、その真意は明らかになってはいませんが、これが事実なら、悪質卑劣な行為で許されることではありません。

 殺傷現場を目の当たりにした子ども達の心の傷も大きいと思います。国が、心の回復を図ることからカウンセラーを派遣し、一人一人の子ども達に応じた処遇を懸命に続けているとの記事を読みました。選りすぐりのカウンセラーと思いますが、技術や資格を中心に考える日本社会が認めるカウンセラーが、本当に心のサポーターとして子ども達を癒すことができるのか、疑問に思う今日このごろです。

 希望していない大学に入学して、授業も出ずふてくされていた私に、教授や友人らが声を掛け、自身の心に障害があることを教えてくれた、母校の亜細亜大学を久しぶりに訪れました。学生も増え、緑が多かったキャンパスに所狭しと建物が立ち並び、全身を伸ばして昼寝をした芝生もほとんどなく、今は昔、少し淋しい気持ちになりながら、看板の案内を頼りに目的の場所に向かいました。活動柄、不登校やいじめの相談を受けていることもあり、学生時代、所属していたボランティアサークル、一般奉仕会「細流(せせらぎ)」の現顧問である先生が、カウンセリングを担当していることから、学生の相談状況等、懇談を申し出て訪問の運びとなった次第です。

 心に悩みを抱える人が増えつつある昨今、当大学にもカウンセリングセンターを設置し、専属のカウンセラー(臨床心理士)が対応に当たっているとのことです。相談に訪れるケースは様々のようですが、かなり深刻な悩みを持つ学生も多いといいます。自分に自信がない、人間関係が保てないなど、年間にセンターを訪れる学生は、廷べ600人を越えるそうです。意思が伝えられないまま、相手に合わせて付き合ううち、心に重荷を背負い、ストレスが日増しに増大して、センターでは癒されず、精神科に通院、入院して治療を続ける学生もいると聞き、その教の多さに驚かされたのも事実です。センターの設置以来、ここを訪れる学生は増える一方と、担当の先生は頭を抱えていました。

 特定のカウンセラーを選んで相談を持ち掛ける学生もおり、カウンセラーの人間性や姿勢を見ながらセンターに通ってくるようです。心のよりどころ、癒しや励みを求めて相談に行くわけですから、人間味のある人、真に受け止めて対応に当たってくれる人を選ぶのも当然のことかもしれません。技術にたけ、マニュアル通りの対応をしても、暖かみを感じられないカウンセリングでは、決して相手の心を癒すことはできないと思います。ややもすれば、カウンセリングを受けたことが裏目に出て、ますます落ち込んだり自暴自棄になるなど、症状が悪化する可能性もあるような気がします。こうして考えていくと、カウンセラーの仕事は、人生や人の命を左右する大事な役割を担っていることを、この先生との懇談を通して改めて気付かされました。

 確かに、技術や資格も必要です。しかし、もっと大切なのは人間味のある暖かな心、その心がなければ真の心のケアとならないのではないでしょうか?

 カウンセラーに関わらず、医療や福祉、教育に携わる人達にも同じことが言えると思います。どんなに知識や技術が優れていても、人のつながりや人間関係は保てません。逆にそれが災いし、人を傷つけ疎外してしまう場合もあります。「心」が伴ってこそ、知職や技術、そして資格が生きてくるのです。資格が優先される世の中ですが、一歩踏み出して体験から得た学びを通じ、豊かな心で知識や技術を応用、創意工夫していくことが、人のつながりや人間関係が希薄化した現代社会の課題であると思います。

No.18                               ▲戻る

 農耕や狩りで生活する人々がいます。今では、世界のごく一部の地域でしか見られませんが、かつて、人々は長い間、野を耕し作物を育て、野山の獲物を追って暮らしを営む、自給自足の生活をしていました。生活の糧を得る狩猟は、むやみに動物を殺したり、捕獲するのではなく、食生活を賄うに足りるだけのものでした。自然と生活する人々は、互いの生活を維持するために、一定のルールが敷かれ、人と自然を大切にし、自然と共生、共存を図っていたのです。

 森林の伐採、動物の乱獲など、人々の暮らしが豊かになると、自然の世界も変化が生じ始めました。土地開発による森林伐採、物欲による動物乱獲、大気汚染による地球温暖化など、自然は大きく様変わりし、その生態系も崩れ始めています。何でも手に入る物豊かな世の中は、人のつながり、人間関係を希薄化させてしまったように、物の豊かさの追及は、私たちの生命を維持するためにも重要な役割を果たしている自然を疎かにしてしまったような気がしてなりません。人間の勝手な振る舞いが、大切な自然を崩し、自らが住む地球を破壊に導いていると言っても過言ではありません。今からでも遅くはありません。共生、共存している自然、正しいルールとマナーを持って、その回復、保護に尽力していきたいものです。

 夕暮れ、家路を急ぐ私は、8人の親子連れに目が止まりました。お母さんと幼稚園、小学生低学年と思える男の子と女の子でした。兄弟は、それぞれ石を拾っては、何かに向かって叩きつけていました。「気持ち悪いから、早く殺してしまいなさい!」、お母さんが大きな声で子ども達をけしかけているのです。異様な親子のしぐさに、唖然としてその方向を見ると小さな黒い物が微かな動きをしていました。よく見るとコウモリ、息も絶え絶えのコウモリに容赦なく石を投げ続けていました。通り過ぎてまもなく、「悪いコウモリ、死んだね。」と、親子の大きな笑い声が聞こえてきました。子どもの行為よりもお母さんの一言、未だ、あの光景を忘れ去ることはできません。また、中学校の校舎にハトが巣を作り、中に卵があったにもかかわらず、教師が巣を取り除いて生徒にごみ箱に捨てさせたという記事に驚かさられました。命の大切さが問いただされている今、このようなことは、教師の姿勢を問われる行為と言わざるを得ません。

 優しさや思いやりの心を育み、生命の尊さを学ぶために、様々な体験学習を取り入れている学校が多くあります。しかし、体験学習を立案し実践する教師が、その指導を受ける生徒が、そして親が、どれだけ自然や生き物に対して、本当の優しさ、思いやりが養われているか疑問です。しっかりと普段の生活の中で生かしていかなければ、体験学習としての意味も目的もなさないと思います。コウモリやハトの話は、命や心の大切さを教え伝えなければいけない親や教師の取るべ行為ではないでしょう。気持ち悪いから殺す、邪魔だから捨てるではなく、それなりの手段や方法があったと思いますが、子ども達が体験学習を通じ、自然保護や動物愛護を学び、その心を親や教師が助長させてあげなければならないのに、とても残念でなりません。

 実際に、自然と動物とふれあう体験も必要ですが、道路の右側を歩く、赤信号で止まる、整列乗車をするなどのルールやマナーがあるように、自然を汚さない、動物を傷つけないなどのルールやマナーを守ることが大切です。野山にごみを捨てない、空き缶をポイ捨てしない、自分のごみは自分で始末するということが、自然保護や動物保護につながっていくと思います。ビニール袋を食べて死んだキツネやシカの事例もあります。ちょっとしたマナー、思いやりが自然や動物を、そして、私たちの生命と暮らしを守っていくのです。

No.19                               ▲戻る

 大家族から核家族社会、また、少子化社会へと、時代と共に日本社会のライフスタイルも大きく様変わりしてきました。暗くなるまで泥んこになって、近所の子ども達と遊んだことを覚えていますが、子どもの数が目に見えて減り、外で元気に飛び回る子ども達の姿もほとんど見られなくなり、寂しく思う今日この頃です。

 「遅いから帰りなさい」、「道路の真ん中で遊ぶんじゃない」、夢中になって遊びに興じる子ども達に、注意を促す大人達が多くいました。余計なお世話と思いながらも、子ども達を見守ってくれるおじさんやおばさんの存在を嬉しく感じたものでした。通学、塾や習いごと以外は、家の中で過ごす現代っ子、地域の大人達に声を掛けられることはないと思います。近所付き合いもない大人達、子ども達が悪いことや危険な行為をしている時、声を掛けたくても躊躇してしまうのではないでしょうか?

 親が、教師が子どもとのコミュニケーションに四苦八苦している昨今、家庭、学校、地域で子育てをと提唱したポスターや看板をよく見かけますが、書いた言葉だけでなく、口で、心で声を掛けていきたいものです。

 子どもの質が変わってきたと言いますが、その質を変えたのは私たち大人です。挨拶ができない、ルールが守れない子ども達を嘆く大人達がいますが、そういう大人達もまた然りなのです。子どもは大人の姿をしっかり見ています。「親の背を見て子は育つ」の譬え通り、大人達の質が変化すると、その流れを受けて育つのが子ども達です。善悪の区別、社会性などを身をもって子ども達に教えていく必要があります。

 今春、長男が免許を取得し、中古車を購入しました。渋川市に越し7年になりますが、山を崩した10数区画の分譲地、その中央にモデル住宅が一軒あるだけでした。その一軒がわが家ですが、今では、ほとんどの土地に家が建ち、入り組んだ道を車が激しく往来するようになりました。2台、3台の車を持つ家もあり、車庫に入らず、道端に駐車するケースも見受けられます。入り組んだ狭い公道ですので、時に他の車の妨げになっています。幸い、自宅隣に亡き義母が残した土地があるので、長男の車を置く段取りになりましたが、路上に近所の人の車が駐車し、その入り口を阻んでいました。さっそく話し合い、その人にも義母の土地を使ってもらうことにしました。その後、何事もなく月日は過ぎましたが、8月に入って間もない頃、駐車に絡むちょっとしたトラブルに見舞われました。

 夏休み、少しでも親に負担をかけまいと、長男はアルバイトを始めました。その日に限って、バイトの時間が変更、夕方5時過ぎに帰宅するとのこと、家族もそのつもりでいました。丁度、その時間帯、義母の土地から車が止まる音に気がついた次女は、てっきり兄が帰って来たと思い、2階の部屋から、お帰りの意味で「イェーイ!」と叫んでしまったそうです。よく見ると近所の人、決まり悪くなり次女はすぐに頭を隠したようですが、相手側はどう聞き違えたのか、「うるさ〜い!」と受け取ってしまったから大変です。しかし、次女をすぐに怒ったのかと思いきや、当日から3日後に怒鳴り込んで来たのです。私ども夫婦も誤解を解こうと悪戦苦闘、何とか仲たがいを避けようと頭を下げましたが、「娘さんは、絶対にうるさいと言った。もう、車は置かない!」と言い残して帰って行ってしまいました。再度、次女を連れて謝りに行きましたが、「確かにうるさいと聞こえた」の一点張りで、残念ながら和解には至りませんでした。確認してから言うように、今後は気をつけるようにと注意の一言もなく、次女の行為のみをつついて責める姿勢は、小さな子どもが駄々をこね、我がままを訴えているような感じにも見えました。

 大人になりきれない大人が、社会の秩序を乱し、自己中心的な社会をつくっている傾向があります。己やわが子のことしか考えない、或いは、大人としての判断がつかない、分かっていても言葉に出ない、これでは本当の意味の共生共存社会は望めないと思います。悪いことを正すのは誰なのか、子ども達に未来を託すために誰が支え、導いてやらなければならないのか、もっと真剣に受け止めていきたいものです。善悪の区別、社会的なルールやマナーを教え伝え、しっかりと根付かせていくことが、地域社会に住む私たち大人に与えられた課題であると思います。

No.20                               ▲戻る

 「親切」や「思いやり」という言葉をよく耳にします。人のつながりが薄れ、人付き合いが苦手、挨拶ひとつにも気を遣う人たちが増えている昨今、言葉だけが先行し、その言葉に翻弄されているように思えてなりません。今は昔の井戸端会議、自然と親切も思いやりも生まれ、育まれていました。お互い様という気持ちから、言葉にしなくても心が通じあっていたのだと思います。「親切」、「思いやり」はごく自然な、当たり前の行為だったのでしょう。

 当たり前の行為が、無理に言葉で押し出され、まるで責務として受け止める人達も少なくありません。表彰状や感謝状目当ての人、或いは単位をもらうため、渋々ボランティア活動に参加する生徒がいます。名誉や優越感、また、義務感からのボランティア活動、これでは折角の行為も生きてこないと思います。自発的で優しい心がなければ、相手にもその行為は伝わりませんし、得てして相手を傷つけかねません。「親切」や「おもいやり」が変な方向に行ってしまうのではないか、ちょっと心配な今日この項です。

 先日、障害についての認識や理解を深めることを目的に、県内のある小学校で「一日ふれあい体験学習」が企画され、子ども達と学校生活を共にしてまいりました。対象は5年生(児童数が少なく、5学年は1クラス)、朝の登校時から下校時まで授業を受け、給食なども一緒にしました。1時間目は、ふれあいタイム、自然な交流を図ることを目的に、子ども達とゲームを楽しみました。教室に入ると、すでに机や椅子がきちんと並べ換えられていました。問いかけてもなかなか動かない子ども達、並べ終えて着席している様に、担任も驚いていました。普段、見られない姿を発見することができてよかったと、先生が嬉しそうに話していたのが印象的でした。

 3、4時間目は家庭科、この日は芋パーティと称し、スィートポテトとじゃがバターの調理実習。それぞれの班に別れ、私もその中に加わって蒸した芋を潰すなど一緒に作業を楽しみました。会食の時が来ました。教も少なく、芋の大小もあり、どうやって分けるのか見ていると、「これ、妹尾さんの分」と言って、丸ごと一個のじゃがバターとアルミ箔に大盛りのスィートポテトを私に差し出したのです。その後、子ども達はじゃんけんをして順番に選んでいきました。優しい気持ちに心打たれ、どんなグルメより美味しく感じました。今の子ども達は、自己中心的と言われていますが、側でそのしぐさを見ながら、暖かな心は失われていないことを実感したひとときでした。

 社会は、子ども達を自分よがりで思いやりがないというイメージを作り上げていますが、すべての子ども達がそうではないと思います。もし、そのような子ども達がすべてであるとすれば、それは子ども自身の責任よりも、子どもを育て見守る親(家庭)、学校、地域、否、日本社会が自分だけを良しとする人間に育て上げたのではないでしょうか。企業の倒産、リストラ、長い不況が続いていますが、お金を出せば何でも手に入る日本社会、物の豊かさが人のつながりを阻み、心を貧弱にしてしまったようです。そのような社会を作り出してしまったのは、私たち大人なのです。優しさや思いやりを子ども達に言う前に、まず、大人達が襟を正してゆかなければいけないと思います。

 相手を思いやることは、簡単なようで難しく、時に勇気も必要で、なかなかマニュアル通りにはいかないものです。一歩踏み出すことが、とても大変なのです。思いやりの度が過ぎて、相手に対して負担や迷惑をかける場合もあります。善いと思ってしたことが、不快感を与えてしまう、恩が仇となることも少なくありません。考えや感情も千差万別、人のつながり、人間関係を円滑にすることにより、柔軟で臨機応変な「親切」、「思いやり」の心が育まれ、身についていくのです。単に手を差し伸べる、褒めたたえるのが思いやりではありません。相手のために、厳しいことを言ってあげるのも思いやりです。人の和を深め、信頼関係を持つことが大切です。挨拶や感謝の言葉が自然と言える、「親切」や「思いやり」の気持ちはここから始まります。

 私達、大人達が自ら実践し、子ども達に手本を見せなければなりません。まずは挨拶や感謝の言葉が自然と言える、そんな親、大人でありたいと思います。

No.21                               ▲戻る

 子育ては親の義務、子どもを守ることも親の務めです。しかし、私達が暮らす地域もまた、子育てや子どもの健やかな成長と安全を見守る役割があります。高齢社会が進み、私の住む街でも高齢者の世帯が増え、その一方で少子化の影響もあってか、近所で子ども達が元気に遊びまわる姿が見られなくなりました。自治会や子ども会などの活動も限られ、地域社会で子ども達を守り、育てる風潮が希薄化する中、地域で安全対策が講じられていますが、うまく機能されないのが現状のようです。

 一月中頃、部活を終えた次女がわが家に着いたその時、見知らぬ男に襲われました。いつものように途中で友達と別れ、家路に向かって歩いていると、後方から白いフードを破った男が後を付いて来ていることに気が付きました。同じ方向を歩き、付けて来る男が不気味になり、足早に歩くと、その男も足早に追いかけ、家の玄関前で襲い掛かられ、地面に倒されたと言います。怪我がなかったのが不幸中の幸いでしたが、危害に遭った次女の思いは如何ばかりか、二度とあってほしくないと懇願して止みません。

 その日、私達夫婦は外出していました。悪いことは重なるのでしょうか、高校生の長女も体調がすぐれず早退し、鍵をかけて寝ていたとのこと、一向に外の物音には気が付かなかったようです。何も知らずに帰宅した私達は、次女が布団をかぶり震えながら泣いている様に動転を隠し切れませんでした。興奮覚めやらない次女に事の全容を聞き、直ぐに担任の先生に電話を掛けました。警察にも連絡をとの助言で、所轄の警察署に一報を入れました。

 間もなく、4人の刑事が来宅し、それぞれ事情聴取、現場検証を始めました。事件が起きてから2時間近く経過していたため、何故、事件直後に電話をしなかったと次女を問い詰めました。また、声を出して周囲に助けを求めなかったのか問われていましたが、次女が答えた通り、恐くて声も出なかった、それが本心だったと思います。まだ、恐怖感が抜けない状態で、警察官の執拗な尋問に応え、現場検証で再現して見せる娘、その気丈さに我ながら圧倒されたのも事実です。私が当事者だったら、娘のような振る舞いができたでしょうか、まさに怪我の功名、娘の成長を頼もしく思いました。

 打ち所が悪ければどうなっていたか、暗く寒い中、意識のないまま倒れていたかもしれないと思うと、何もなかったかのように元気に通学している娘の姿を見て、改めて命の尊さをこの事件を通して実感しました。毎日を健康で元気に過ごせることに感謝する今日この頃、あの日以来、次女も防犯ベルをしっかり握って通学しています。事が起きて対策を練る、我が身に火の粉が降りかかって初めて腰を上げるのが世の常、私に限って、我が家に限ってが思わぬ命取りにならないよう、日頃から気を付けたいものです。

 「地域で育てる明るい子ども」、「みんなで守ろう地域の子」など、青少年の健全育成を掲げたポスターをよく見ます。しかし、近隣の人達と挨拶はあっても、それ以上の会話は望まないし、互いに関わりを持ちたくないのが今日の地域社会です。自治会や子ども会の活動も低迷し、地域住民の交流が薄れる中、子ども達は守り育てられていくのでしょうか。学校とPTA、警察が連携協力し、地域に「通学防犯協力の家」を指定、看板を設置して防犯対策にあたっていますが、いつでも家人がいるとも限らないので、いざという時に機能を果たせるかどうかが問題です。万が一、事が起こった時に、子ども達がどこの家にも助けを求められる、そのような地域社会でなければならない筈なのですが……。

 高齢者、また、共働きの世帯も多い地域社会で、非行や犯罪を防いでいくには、人のつながりを密接にし、未来を担う子ども達を守り育てる責任、人間として生きる姿勢を伝授する役割が、今後の地域社会に暮らす私達の課題であると思います。

No.22                               ▲戻る

 平成不況と言われて久しい今日、政府や行政もその対策に四苦八苦していますが、一向に景気はよくなりません。もはや、企業のみならず、国や自治体の予算もはかばかしくなく、職員削減の動きも出始めています。金満大国のレッテルを貼られ、世界中で一番お金を持っていると見られている日本。確かに不況とは言え、ブランド、グルメ志向は増し、豪華な海外旅行も少なくないので、海外の人たちから見れば、日本人には金があると思うのかもしれません。

 その日本人、どんなにお金をためても物を買っても、不安や不満がつきまとうようです。一体、この不安や不満はどこから来るのでしょうか。相次ぐ倒産、失業、また、高齢化社会に絡む年金問題など先行き不透明な現状に、政府も不安を抱えるだけでうまく対処ができないようです。しかし、国や行政、社会を責める前に、常に不安や不満を招くような日本人の心の持ち方にも問題があると思います。
 私たち日本人は、質素にして生活を楽しむ術を心得ていたはずなのですが、物豊かで便利な生活を送り、お金さえ出せば何でも手に入るという考えが、その術を遠いものにしているようです。バブルが崩れ、不況という長いトンネルを走る日本ですが、豊かさ故の貧困なのでしょうか。豊かな生活をしていても何か満ち足りない、心が寂しいという人たちが増えています。なぜ、お金があっても不安や不満なのか、この長く続く不況は、私たちに考え直させるよい機会を与えてくれているのかもしれません。

 物が豊かになるあまり、幸福ということについて貪欲すぎる傾向があると思います。足ることを知り、満足と感謝の気持ちで日々を過ごしたいものです。例えば、健康で働けること、家庭があることなど、当たり前に感じていることが最高の幸福なのかもしれません。当たり前のことに本当に心から感謝し、そのことだけでも自分は幸せと思うことが大切なのです。足るを知らなければ、決して幸福を掴むことはできません。物が溢れ、豊かで便利な環境に慣れてしまった私たちですが、今一度、原点に戻り、生きる姿勢や心のあり方を問いただしてみる必要がありそうです。

 この春休み、家族で久しぶりに秋田まで墓参りに出掛けました。昨年、免許を取得した長男が初めての長距離に挑戦、サービスエリアでの休憩を含め、半日掛かりの旅でしたが、お陰様で事故もなく目的地に到着することができました。車の旅に慣れていない家族、その日は疲れも手伝ってバタンキュー、朝までぐっすり蒲団の中でした。翌日、県に勤める大学時代の後輩を訪ねた後、先祖の眠る天徳寺を目指しました。何度か、子どもたちを連れて墓参りに来ていますが、秋田までは電車、駅からバスを利用していたので、地図はあるものの道路事情が把握できず、右往左往しながらガソリンスタンドで道を聞くことにしました。しかし、係員が少なく2、3台の給油に追われていました。

 車を出そうとしたその時、隅で車を修理している夫妻に目が止まり、道を尋ねることにしました。夫妻は、地図を見ながら丁寧に教え、「道が入り組んで分かりにくい所だから、修理が終わるまで少し待っていてもらえれば案内してあげる」とまで言ってくれたのです。天の助けとはこの事か、私たちはこの夫妻に甘え、案内してもらうことになりました。目的地とは違う方向なのに、30分近くも掛かる道程を案内してくれた夫妻に、唯々感謝しないではいられませんでした。お礼の手紙を出そうと名前と住所を問うと、「お互い様だから」と名前も告げずに去って行かれました。

 先祖様が見守り、私たちを無事にお寺まで誘導してくれたのかもしれません。しかし、人のつながりが薄れ、せちがらい世の中、見知らぬ土地での人の温もり、暖かさを肌で実感する家族旅行、きっと子どもたち3人も忘れられない旅となるでしょう。この夫妻との出会いに、ちょっぴり幸福を分けていただいた、そんな余韻が続く今日この頃です。自分のことだけで精一杯、他人のことなど考える暇もないという人間が多い現代社会ですが、心のこだわりを捨て、人間本来の自然な心、豊かな心で生きることや幸福について自問自答する、そんな心のゆとりを持ちたいものです。

No.23                               ▲戻る

 キリスト教、イスラム教、仏教をはじめ、世界中には数多くの宗教があります。その教え、信仰は様々ですが、根源を成すものは一つなのではないでしょうか。

 実在したと言われるイエス・キリスト、ゴーダマ・シッダールタ(釈迦)は、歩いてきた道はそれぞれ異なっていますが、目指すところは一緒だったように思います。人々をこよなく愛したイエスは、すべての人は神から救われるとして、魂(心)の平安をと神の教えを説き、釈迦は、「生老病死」、4つの苦悩から人はすべて平等であること、故に、あらゆる生き物に慈しみの心を持つことへの真理を説いています。神と真理、私たちにとっては馴染みの薄い言葉ですが、人の心の姿を指しているような気がしてなりません。

 6月の初め、長男が通う大学から講演の依頼があり、学生達にお話ししてきました。古くから女子短大として知られ、数年前、男女共学の4年制に移行したミッション系の大学は、毎週、礼拝の時間が設けられています。礼拝の時間、チャペルアワーは、聖書の学び、讃美歌斉唱、講話という内容で構成されています。一時間強の講話でしたが、200人あまりの学生達が一生懸命耳を傾け、涙を流す姿も見あたりました。多くは髪を染め、ピアスをつけた今どきの若者、周囲の目を気にも止めず、涙する光景に私自身も熱いものがこみあげ、話により力が入ってしまったのも事実です。

 講演後控室に案内された私は、「感激をありがとう」と担当の教授から握手を求められ、真摯に話を聴く学生達の姿勢に驚きを隠しきれない様子でした。普段は、私語を交わす者、途中で退席する者、静かに聴いていると思うと、メールか居眠り、集中して話を聴く学生が少ないのに、今日は聴講の全学生が最後まで熱心に受講したことに驚かれていました。講義と同じ90分のチャペルアワー、最近では早めに切り上げるようにしているとのことですが、時間をフルに使ってお話できたことは、誠に光栄の至り、学生の皆さんにも感謝して止みません。

 従来のチャペルアワー、招く講師は牧師かクリスチャンを原則としていたため、私を講師として迎えるにはかなりの時間を要したといいます。私をある教授が推薦し、何度も教授会に諮られて賛否両論、協議がまとまらないままに担当教授の権限で私を招いたという裏話を聞かされました。最初、拒んでいた教授も、私の講話に心から感動していたことも伝えられました。私が講演で提唱している福祉や共生の心、人の生きる姿勢、心のあり方は、聖書、仏典においても随所に示されています。神父や牧師、僧侶、信徒であるなし関わらず、互いに学び合う姿勢が大切だと思います。クリスチャンでもない私を受け入れていただいたことはまさに画期的、新たな意識改革の第一歩となればと願いながら大学を後にしました。

 私の活動の原点は、聖書や仏典から学びました。教会に通ったことがありますが、洗礼を受けることを強制されたり、教えを請おうとお寺を訪れると、「ここはそんなところではない」、門前払いを余儀なくされたこともありました。全部が全部そうでないにしろ、信徒、檀家にならなければ疎外するといった閉ざされた壁は今なお続いているようです。人の隔てなく、多くの人々に神の愛を伝道し続けたイエス、様々な心身の修行を通して悟りを開き、生きる姿勢や心のあり方を説いた釈迦の教えは、愛や心であり、助け合い、相互扶助を意味するものであり、決して人を差別したり排除したりするものではないと思います。

 多種多様に枝分かれした宗派、新興宗教団体など数多く存在していますが、根底にある真理(心)を歪ませることは、地域社会から狐立していくことになると思います。人として、人間らしく生きることは、決して孤立することでなく、人と人とのつながりから生きる喜びを得ていくことにあります。生きることへの喜びが幸福、福祉の意味でもあり、イエスや釈迦の教えもまたここにあると思います。如何に心を生かし、生かされるべきか、人それぞれの生き方、考え方を振り返り、見つめ直すことも大切なことではないでしょうか。

No.24                               ▲戻る
 
 ダイヤル式からプッシュホン、さらに持ち運び自由な携帯電話、電話機一つとっても科学の進歩は日進月歩、さらにファクスからメールなど、情報社会の先駆者を誇示するかのようにその開発は止まることを知りません。

 「蛇口を捻ればお湯が出て、チンしてできる今夜の食事」、あるバラエティ番組で耳にした言葉ですが、まさにこの世は機械化時代、スイッチ、ボタンの生活が当たり前になって来ているようです。自動振り込みや切符売り場で操作に戸惑う高齢者も少なくありませんが、手順を覚えると窓口を利用するよりも手間が省けるとの声、やはり、人は便利な方向を向いてしまうのでしょうか。しかし、この便利さの裏には、大きな落とし穴が隠されていることも忘れてはいけません。

 ある新聞に、小学生を対象にした商店街学校を開くと言う記事が掲載されていました。完全週五日制に向けて、地域で子どもを育てるとともに、地域と商店街とのつながりを深めていくことがねらいであり、例えば、呉服店では風呂敷の包み方、青果店、鮮魚店では野菜や魚の産地、流通など、商店主の知識と技術を生かした授業を試みるとの内容です。包丁でリンゴの皮をむく、魚をさばくなど、どこでも手に入る冷凍食品や弁当、チンすればすぐに食べられる豊かで便利な時代だからこそ、この授業計画は子ども達に、また、若い親達にとっても貴重な試みであると思います。

 長女が小学五年生の頃、真っ赤に染まったハンカチを手に巻いて帰って来たことがあります。よく見ると指に切り傷、まだ完全に血が止まっていない状態でした。理由を問うと、「調理実習の時間、ジャガイモの皮をむいていて切ってしまった。私の班には、誰も包丁を持ってイモの皮をむく人がいなかった。私が皮をむいたんだけど、皆にじい〜と見られて緊張して手が震えて指を切ってしまった」とのことでした。大事に至らなかったのが幸いでした。

 娘の話ではありませんが、包丁を持つことさえもできない若い人達が増えているようです。進学のため、塾に通わせ、家庭教師をつけるのが親の務めという話を聞いたことがあります。子どもの仕事は勉強と、家の手伝いをさせない親たちもいるそうですが、果たしてそれでいいのでしょうか。人としての成長、社会生活に適応できる人間に成長できるか疑問です。脳をより発達、活性化させるためには、知識だけではなく、身体を使って体験することも大切です。見て、触れて、体感すること、経験、体験の積み重ねが、脳や心、身体の発達、成長に大きくプラスになっていくと思います。

 経験と言えば、この夏、長男がアルバイトで稼いだ給料を預金するため、銀行で通帳とキャッシュカードを作りました。さっそくカードで預金しようと機械を操作した息子、機械を利用するのが初めてで、慌てて給料袋から取り出し、お札数枚を破ってしまいました。窓口で新しいお札に交換してもらいましたが、今度、預金する時はあらかじめ袋から出しておこうと呟いていました。車の中で「いい体験をした」との一言。

 物が豊かで便利になることは、反面、人を堕落させ、時に犯罪を生み出す要因にもなりかねません。メールやインターネットをいとも簡単に扱う子どもや若者たち、人のつながりも減り、人間不信に陥るケースも少なくありません。出会い系サイトを使っての詐欺や援助交際なども後を絶ちません。飽食の世と言われる今日、成人病やアレルギーなどで悩む人も増えています。人間社会だけではありません。自然もそのターゲットとなっています。地球温暖化が大きな問題となっていますが、豊かさや便利さを追及するあまり、自然を疎かにしたツケが回って来ているようです。多額のお金を費やして対策を急いでいますが、自然は人間の勝手を許してくれるのでしょうか。科学の発達は、人に豊かさや便利さを与えてくれますが、その代償もまた大きいのです。

 物の豊かさに溺れることなく、本当の豊かさや幸せを見つめ直し、私たち一人ひとりが身を引き縮め、心に張りのある生活を送るよう心掛けたいものです。失敗は成功の元、けがの功名とも言います。様々な経験を通じて、心身ともに成長していく努力が未来を担う子どもたち、彼らを教え導いていく大人たちの課題であると思います。

No.25                            ▲戻る
 
 景気の低迷が続いていますが、物があふれる豊かな時代、街のスーパーには高級感に満ちた色とりどりの食材が並べられ、気軽に家庭で世界各地の料理を楽しめる物豊富な現代社会、日本人の食生活は、高度経済成長を境に量より質を選ぶ時代と変わり始めました。料理のレパートリーは増え、味を追及するグルメ志向の人々も数多く、日本人の食感も時代とともに著しく変化しているようです。

 確かに、体型も欧米人並になりましたが、食を自由に選択できることで好き嫌いを作り、肥満や成人病、あるいはアレルギーといった現代病を生み出しているのも事実です。長寿国として知られる日本ですが、物の豊かさは人々の健康を損ない、いつしか寿命も短くさせてしまう危険性を持ち合わせている気がしてなりません。

 飽食時代とも言われ、お金を出せば何でも自由に選べますが、「飽食」は物を粗末にする、否、食い散らかすだけの「放食」にもなりかねません。祖父母に、「一粒の米に七人の神宿る」、お百姓さんが汗水流し作ったお米を一粒残らず食べなければ罰が当たると教えられたことがあります。健康で丈夫な身体を作り、生命を維持していく意味でも、食生活は私たち人間にとって大切なことだと思います。

 学校の講演会に招かれる時など、給食をいただくことがあります。先日も小学校の講演後、給食をいただきました。メニューは、パンと牛乳、鶏のフライ、野菜スープ、小さな袋に入ったアーモンドでした。栄養を考えた内容と思いますが、かりかりに揚げたフライ、しっかりと煮込んだ野菜のスープ、果たして栄養素が残っているのでしょうか?

 また、子どもたちが残さずしっかりと食べているかどうかも疑問でした。
 小学校高学年になるに連れ、運動量も多くなり、低学年に比べ食事する量も増えてきます。子どもの成長と身体づくりは、栄養ももちろんですが、食事の量も重要です。中学3年生の次女がいますが、授業が長引き給食時間が短くなり、パンなどそのまま持ち帰ることがあります。昔、学校でよく噛んでゆっくり食べなさいと注意されたこともありますが、時代の移り変わりなのでしょうか、急いで食べなければいけないというのは、伸び盛りの成長時期を妨げ、健康な身体づくりに害を与えている気がしてなりません。

 小学校の頃、当番制で白いエプロンに着替え、給食室を何度も往復したことを思い出します。今日の給食と比べ、決して食材は豊かな物ではありませんでしたが、3、4時限よりいい匂いが漂い、お腹の虫が騒ぐのをじっとこらえていたことが懐かしく頭をよぎります。現在は、市町村の給食センターで作り、各学校に配食しているようですが、栄養士の先生や食事を作るおばさんたちとの会話も楽しみの一つでした。

 食生活とは、単に栄養面を中心にしていい物を作ることだけではないと思います。食べるという他に、楽しむということも食生活です。家族、友達と一緒に食卓を囲み、楽しい会話、団欒の中で食事することも大切なことだと思います。「心身の健康は食生活から」という譬えもあるように、心と身体は密接につながっています。黙々と食べるのが悪いとは言えませんが、心身の健康を考えると楽しさや美味しさを味わいながらの食生活が望まれます。楽しみながら美味しく食事をいただくことが、健康で丈夫な身体を作り、楽しい、愉快、美味しいという感性が、心にみずみずしい生命のエネルギーを吹き込むのではないでしょうか?

 食材豊富な食生活に恵まれた現代社会ですが、子どもたちの心身成長と健康を図る食生活にスポットを当て、学校給食のみならず、家庭での食事の摂り方など、再度見つめ直していきたいものです。人のつながり、人間関係も難しく、いじめや虐待に悩み、心の病を抱える人も少なくありませんが、ちょっとした食生活の改善で救われるケースもあるかもしれませんよ。

No.26                            ▲戻る
 
 景気の低迷が続く中、行く先見えずの失望感に心が憂い、人のつながりにも亀裂が入ってしまったのか、暴力、虐待、自殺、殺人といった悲しい出来事が急増しています。人間不信に陥り、心の病を引き起こす人たちも少なくありません。物に溢れ、飽食の世と言われて久しいですが、心は闇、飢えと渇きに満ちあふれ、もがき喘いでいる姿は、まるで地獄絵を見るかのようです。敗戦から立ち直り、世界も目を見張る高度経済成長を成し遂げた日本、これまで何を築き上げてきたのか。経済を豊かにするための社会は、多くの人たちの心に何をもたらし、貢献してきたのでしょうか?

 12月25日は、わが家恒例のクリスマスパーティ。家族の他、毎年、ゲストを迎えてにぎやかに行っています。子どもの小さい項は職場の同僚、家族、今はもっぱら子どもの友人を招いてのパーティです。時にゲストを交えて狭い台所に結集、それだけで温かな味わいのある人づくりができます。シャンパンの音で始まり、プレゼント交換、趣向凝らした手料理を満悦、最後はケーキを食べてお開きになります。終わって見れば“夏草や兵どもが夢の跡、きれいに飾り付けた部屋はクラッカーの残骸などが散乱、家族が分担しての後片付けもまた楽しいものです。

 クリスマスと言えばサンタクロースですが、実在か否かを巡って小さな子どもたちが言い争うのを耳にしたことがありますが、夢や創造性を育ませてくれるサンタクロース、その存在は別として、いつまでも心に残しておきたいものです。この言葉の響きに、何か温かいものを感じ、心が癒される気分になる、そんな思いを抱く人も多いのではないでしょうか? 夢を運ぶサンタクロース、幾つになっても心の中に大切においておきたい言葉です。

 最近はクリスマスも商業化し、早くからツリーや人形をはじめとする多種多様なグッズが店内に並べられ、季節はずれのセール合戦を展開しています。夢を売り、夢を買うのは今は昔、子どもに手渡すのは小遣いで、親がサンタになるケースもめっきり少なくなっているようです。人のつながりが薄れている昨今、家族で楽しむクリスマスも年々減っていると聞きますが、何とも寂しい限りです。

 さて、わが家のクリスマスパーティ、今年は息子の彼女が加わりました。彼女の家でも、毎年開いているクリスマス、いつも静かなパーティになると言います。かなり、厳格な家庭のようで、クラッカーの紙テープが料理にかかるという理由から、プレゼント交換とケーキで集うだけで終わってしまうそうです。初めて参加するわが家のパーティに、少々驚き気味だった彼女も、クラッカーを鳴らすうち、いつの間にかわが家の流れに入り込んでいました。長女の同級生も、「家族皆で楽しむクリスマスっていいね」と羨むようです。幾つになってもクリスマスはいいものです。夢や希望、元気を与え、そして人を結び付ける不思議な力があります。

 社会は不景気、老若男女間わず、「夢」を持っている人が少なくなりました。先人は多くの試練、困難を乗り越えて生きてきました。常に、夢や希望がついてまわったようです。暗く混沌とした社会とは言え、「夢」を持つ心のゆとりが必要です。大きな夢、小さな夢、一粒の夢、人それぞれ異なるかもしれませんが、夢を抱いて前を向いて歩いていくことが人間本来の生きる姿勢であると思います。夢がなければ元気も出ないし、心の中にすき間風が吹き、心身ともに病を抱える人たちが増え続けるでしょう。今が正念場、奮起の時です。暗く沈みがちな社会に光を当てるのは、一人ひとりの姿勢、心の持ち方がキーワード、明るく元気、前向きな意識改革が望まれます。

 群馬県民200万人達成を記念して製作された小栗康平監督の『眠る男』、映画の終わりに残したメッセージが頭に焼き付いて離れません。「人間って大きいんかい、小さいんかい」。まさに生きる姿勢、心のあり方を問いかけているのではないでしょうか?

 先行き不透明な現在社会、心の回復のヒントが隠されているのかもしれません。

No.27                            ▲戻る
 
 世はまさにハイテク時代、日本の高度技術はさらなる進化を求めて研究開発が続けられています。物に満ちあふれ、さらなる便利さを増す今日この頃ですが、私たちの生活、否、人間性は向上しているのでしょうか。

 日本社会には、解決されない様々な問題が山積みされています。不況を筆頭に、高齢・少子化、保障やサービス制度、環境問題等々、数え切れない難題がありますが、中でも、取り分け目立つのは拉致問題に絡む報道です。その煽りを受け、日々の暮らしに苦悩する日本に住む朝鮮の人たちも少なくないようです。最近、在日朝鮮人に対して脅迫や暴力などが増えていると聞きますが、あまりにも非常識であり、同じ人間として決して許される行為ではありません。そのような行為に走らせるマスコミの姿勢も問題ですが、私たち一人ひとりが正しい知識と理解のもとに、誤解や偏見を質していくことが大切であると思います。

 建国記念の日、群馬朝鮮初中級学校で第19回『民族教育を考える集い』が行われ、授業の様子を参観してきました。今年は、日本の学校の先生が授業をするクラスも設けられたとの案内に、その日を楽しみにしていました。日本の先生が受け持ったのは、初級部(小学)5年生の算数 、初めての体験と教育システムの違いもあったのでしょうか、教える側、教えられる側ともに戸惑う場面もあり、いささか壁を感じられた授業でした。他のクラスは、母国語で通常の授業をしていましたが、言葉の意味が分からなくてもおおよそ理解できる内容は、不思議と興味を抱かせる授業でした。

 これまでにも幾つかの朝鮮学校を訪問し、各教科の授業を見学してきましたが、いつも思うことは分かる授業を行っていることです。少人数クラスということもありますが、皆熱心に授業を受ける光景は、教師の意欲と情熱、生徒もしっかり受け止めて研鑽を積み、分からないことは質問を繰り返す、教師と生徒が一体となって授業に励む様子が伝わり、学校教育や教育者のあり方、学ぶ姿勢など、多様な視点から数えられることが多々あります。ある朝鮮学校の先生から、生徒たちが使用する教科書は、現場の教師が知恵を絞って作成したものであり、教師白身、授業方法や教え方など常に勉強していると聞いたことが今でも強く印象に残っています。

 日本の子どもたちは、なぜ勉強するのか理解できないまま、勉強しなければいけない状況にあり、学ぶことが楽しいではなく、辛い、苦しいものに転じているように思えてなりません。世界には、学びたくても学ぶことができない子どもたちも数多くいます。高校や大学進学が当たり前になった日本ですが、勉強ができる、学ぶことのできる環境に感謝しつつ、意欲や関心を持った学びができるよう心掛けていきたいものです。生涯学習という言葉が定着してきましたが、勉強は学校時代だけのものでなく、日々が勉強、学びの時、親や教師が、否、私たち大人が姿勢を正し、子ども達に、学ぶことの大切さ、喜びを教え伝えていかなければならないと思います。

 個性を尊重し、個々の能力を評価する傾向が強まる中、依然、偏差値が優先し、人間性を決めてしまう日本の教育に矛盾を感じます。成績だけを上げるための勉強では、人間的成長につながりません。偏差値は、時に差別や偏見を生み、人の上下関係を作ってしまう恐れもあります。因習やしがらみが根強く、一朝一夕に是正されるものではありませんが、一人ひとりが前向きに対処し、意識改革しなければならないことに気づかなければ、偏差値のみならず、ありとあらゆる問題の解決にならないと思います。また、知識不足ゆえに相手を傷つけていることも往々にしてあります。自分とは無関係と壁を囲わず、実際に見て触れて体感しながら、多くの知識を学ぶことも大切なことではないでしょうか。

 益々、人とのつながりが失われていく今日ですが、どんな人間でも「心」の暖かさを忘れず、永遠に「心」に灯を灯し続けてほしいものです。それが、暗く混沌とした社会を元気づける唯一の救いであると思います。

No.28                            ▲戻る
 
 景気の悪化が続く中、人々は活気を失い、人間関係も重苦しくなってきたのでしょうか、毎日のように暗く悲しい事件が報道され、略奪、殺人、その犯罪も日ごとエスカレートしているように思えてなりません。

 高度成長を遂げていた頃、「夢も希望(チボウ)もない」と笑いを誘い、一世を風靡しましたが、今や倒産やリストラが相次ぎ、多くの人たちが露頭に迷う日々、笑いが一転して深刻な問題になっています。先行き不透明な現代社会、「頑張っても仕方ない、頑張ったところで足元を掬われるだけだし、今の生活が不安定にさえならなければそれでいい」と答える人たちも少なくありません。一向に回復のめどさえ掴めず、相変わらずはびこる政治家の汚職、不正の数々、泥沼にはまり、抜け出すことができない社会を憂い、かって働き蜂とか、ガンバルマンと称された日本人ですが、“頑張る”ことをあきらめ、日和見や惰性で暮らす生き方を良しとする人たちが多くなってきているようです。

 しかし、このような時代だからこそ、しっかり地に足をつけて頑張ることが大切なのではないでしょうか?
 人は、幾つもの試練に打ち勝ち、文明や文化を築き、未来を開拓してきました。『考える葦』の譬えどおり、物事をプラス思考で前向きにとらえていけば必ず明るい兆しが射して来るに違いありません。「自分に関係なければいい」、今の生活を必死で守る人たちの心情を分からなくもありませんが、人のつながりを大切に互いに知恵を出し合い、共に生き、支え合う中から頑張りや生きる力が育まれ、それが社会を活性化する原動力になると思います。

 今春、長女と次女がそれぞれ大学、高校に進学しました。その長女、受験の際に県外の大学を勧められましたが、家庭の事情もあり、自宅通学が可能な大学を選びました。高校三年の時、日本育英資金を申し込み審査に通りましたが、手続きの段階で嫌な思いをさせられました。進学先に書類を提出することになっていたので、入学後、長女は事務室に持って行きましたが、なかなか対応してもらえなかったとのこと。やっと係の人から説明を受けたようですが、他の書類も準備することを言われ、本人も二、三度、事務室に足を運んだようですが、何やら難しい説明に困惑している様子、大学に電話で聞いてみることにしました。私が話し始めるとすぐに、「あなたの言葉は分からないから、奥さんと替わってほしい」と担当者の弁、私の話を聞いてくれませんでした。

 このようなケースは、何度か経験したことがありますが、人を傷つけるために言ったことではないとしても、心を刃物で突き刺すような言い方は、言われる者にとって辛く残酷なものがあります。まして、長女の通う大学は福祉大学、福祉を教える最高学府での対応に愕然とした思いが隠し切れず、四年間、娘を預ける親としては大きな不安材料を抱えてしまいました。実際に教鞭は執らないとしても、事務室はさまざまな手続さや書類をはじめ、運営や管理の中枢を担い、学生のみならず来客の対応にも当たる場所であり、大学の顔でもあると言っても過言でないと思います。大学の評判を上げるのも下げるのも、事務室の対応如何で随分と変わってくるものです。学生であれ、外来の人であれ、人を選ぶことなく、しっかりと対応でさる姿勢を身につけることが望まれます。親の姿勢に子は学ぶではありませんが、教員、事務職員が自ら実践することにより、学生は生きた福祉(心)を学び、人として人間として大きく育っていくことでしょう。

 メールやインターネットが飛び交い、目まぐるしく移り変わる世の中、このスピード化に順応するのも一苦労です。コミュニケーションの手段も機械が主流となり、人間関係に戸惑い、人間不信や心の病に陥る人たちも増え続けています。著しく科学が向上し、生活は便利になりましたが、確実に何かが見失われていくようでなりません。支え合って人であり、人の間で人間、生きる姿勢や心のあり方を再確認し、軌道修正を図っていくことが今後の福祉教育の重要な課題であると思います。

No.29                            ▲戻る
 
 アメリカのNPO(特別非営利活動法人)を見習うべく、日本でもNPO法が成立し、数年の間に多くの団体が認証を受け、さまざまな分野で活動を展開しています。しかし、機能や役割、そのノウハウを明確に把握しないまま導入してしまったのか問題も多く、NPO制度の見直しが図られ、罰則なども講じられはじめました。法的なことも充分に対応されず、風土や生活、考え方も異なるアメリカ式NPOをそのまま取り入れてしまったのが要因とも言えるのではないでしょうか?

 福祉先進国の北欧などの政策や制度を導入し、先駆的な運営・管理を図る福祉施設も増えていますが、ただ安易に受け入れるのは逆にマイナスとなることもあります。先進国の福祉をそのまま導入しても必ずしも福祉の向上、発展につながるとは限りません。社会の仕組み、国民性など、風習も生活様式も違う日本で、北欧と同様な福祉社会を築くことは難しいと思います。政策や制度を打ち出し、施設、設備を整えてもそこに関わるのは人、暮らしに適した福祉を目指していかなければ、決して真似ただけでは、日本の福祉の発展にはつながらないでしょう。先進国の福祉を学びつつ、日本になじむ、社会に浸透する福祉、否、NPOを開拓していきたいものです。

 任期満了に伴う群馬県知事選挙、4選を目指す現職と4度目の挑戦となる候補の一騎打ち、梅雨空の下、両者、両陣営の熱い戦いが展開されています。政治や選挙離れが進み、春に行われた統一地方選挙も投票所に足を運ぶ人が少なかったようです。国政のみならず、市政や県政に対する関心が薄れたのか、誰が当選しても同じという思いなのでしょうか、選挙に無関心な人たちが多くなっているのが現状のようです。選挙管理委員会でも不在者投票の便宜を図っていますが、投票者の足取りは重いようです。

 そのような中、ある後援会事務所より、入会の案内とともに当研究所の推薦状の依頼が送られてきました。個人宛に送られるならさほど問題はないと思いますが、法人格を持つNPO団体に選挙の推薦状を求めるのはどうでしょうか?

 NPOを取得するには県の認証が必要ですが、行政の一部としてNPOがあるのではないと思います。しかし、法的制度から全く行政とのつながりを無視して活動を行ったり、推進していくことはできません。NPOそのものが、まだまだ行政や地域社会の人たちに把握されていないため、行政の組織機関としてNPOが配置されているという間違った認識を持たれているように思われます。また、NPOを立ち上げた団体側も法や制度をしっかり理解しないまま、活動を進めていくことにも問題があるような気がします。

 群馬県のNPO団体の数は、人口の比率で見れば日本でもトップクラスにあります。稼働の有無は定かではありませんが、法人格を取り社会に認められた団体として、自らの襟を正し、活動を通じて、NPOに対する知識などを広く地域社会に提唱していくことが大切であると思います。NPOは、とかく物珍しく見られがちですが、国や県、市町村にある社会福祉協議会と同じ機能や役割を持っています。ただ異なると言えば、社会福祉協議会よりも地域の人たちと密なつながり、交流ができやすいという点ではないかと思います。

 前述したように、本県には150を越えるNPO団体がありますが、NPOという言葉は知っていても正しい認識や理解がされておらず、行政の付属機関、下請け組織と思っている人も少なくないようです。各々のNPO団体がもっとアピールし、その存在や意義、目的を知らせ、地域社会に根付かせていくことが、今後のNPOの大きな課題なのではないでしょうか?

 NPOは特別な存在ではなく、教育や福祉の向上、盛んに提唱されているノーマライゼーション、バリアフリーの推進には切っても切れない存在です。行政とのつながりは不可欠ですが、独立した法人格を持つ団体として、名実ともに自信と誇りを持って地域社会に貢献していきたいと思います。

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