●PTAの可能性と危険性
(清水一郎、WEF会員、「共育つうしん」42号、1998年10月掲載)

 昨年1年間、中学校でPTA会長を経験しました。その前年学年委員をしただけで、それまでPTA活動の経験はなく、長い間PTA会員という意識さえありませんでした。それどころか、PTAの存在そのものが、まともな学校教育を支援ないし実現するためには無力無用の存在だとさえ認識していました。今でもPTAのあり方いかんで、学校教育に無力無用なだけでなく、有害なものになりかねない危険をはらんでいると思っています。

 私が会長に就任して驚いたのは、PTA会長の事実上の権限が思っていたより大きいことです。従来PTAが学校の後援会的存在であることが多かったから、会長にある程度の発言力を認めてくれるのか、擬制にしろ全保護者の代表として敬意を払わざるを得ないのか、その他の理由があるのか、会長をしていた当時の私には、そのわけがよく分かりませんでした。

 最近その理由に思い至りました。PTA会長の(法的でない)事実上の権限が大きいのは、学校長の法的権限が大きいからです。個々の校長が、現に思うままの学校運営をしているかどうかは別問題ですが、学校長は学校運営について教育委員会から独立した法律上の権限をもっています。他方、PTAは任意団体ですが、個々の学校なしには存在し得ません。PTA会長はその組織のトップとして、大きな法的権限をもつ学校長のそばにいて、これに事実上の影響を及ぼす存在だということです。私が会長就任中に感じた、事実上の権限の大きさは、こういうことだったのだと理解しています。会長になって初めての市P連の会長会議の際、矢村教育長から「校長と会長は学校運営の車の両輪だ」という言葉をいただいたのを思い出します。

 教育は、親と教職員とが協力して行ってこそ成果が得られるものです。先生たちが一会員としてPTA活動に参加してくれるような状況が一般化したなら、日本の学校教育は今より良くなると思います。また、子どもの親が学校にもの申す場として、PTAは現在唯一の公的存在です。もしPTAが真に保護者の意思を集約できるような組織になれば、学校教育をよい方向に動かす可能性は十分あります。

独立したページですので、元に戻るにはこのページを閉じてください。
このページから入られた方は、トップ(Home)または目次のページへどうぞ。