●子どもの名言
(浅野良雄、心理カウンセラー、「共育つうしん」50号、2000年2月掲載)
10年間勤めた会社を退職してからこの春で丸15年になる。独立後、すぐにマンツーマンの塾?を始めた。これは、通常の塾とも家庭教師ともつかない形態、その頃はまだこのようなところはほとんどなくて(今でも少ないだろう)、仕事を聞かれるたびに「家庭教師のようなものだけれど、逆に私の自宅に来てもらうかたち」とか「完全に1対1の指導」だとか、説明に苦労していた。
文字通り、子どもたち一人一人と向き合いながら勉強を教えているうちに、心のつながりの重要性に改めて気づき、もともと心理学に関心があったこともあり、カウンセリングの研修を受けた。そして、5年くらい前からはカウンセラーがメインの仕事になっている。
これまでに、のべ百数十人の子どもたちを相手にしてきたが、いまだに忘れらない子どもたちがいる。
当初は簡単な問題もなかなかわからなくて私を手こずらせた中学生のSさん。ある日、私が一所懸命になって解き方を教えていると、突然「先生わかったよ。もう言わないで」と言った。私が「どうして」と聞くと、なんと「ここから先は自分で考えるから」と言うのだ。自分の力で歩く喜びを知った彼女の爽やかな声が、今でも耳に響いてくる。
やはり中学生のO君。ある時、「今の学校より地獄の方がいい」と言い出した。どうしてかと聞くと、「地獄では血の池や針の山は苦しいけれど、じっと我慢さえしていればいい。学校では我慢だけでなく努力もしなければならない。努力しなくていいだけ地獄の方がましだ」と言うのだ。それ以来、私は地獄という言葉を耳にする度に、彼のことを思い出す。
高校1年生のS君、まずまずの成績なのだが、ある時、数学の問題がいつになっても解けない。私が、「どうした?考えている?」と聞くと、怪訝な顔をした。そのうち、「問題って、考えるものなのですか?」と、真面目な顔で私に聞いたのだ。おかしなことを言うものだと思って詳しく聞くと、彼は、これまで、数学の問題は必ず何らかの式に当てはめて解いていたので、問題を解くことは当てはまる「式を探すこと」であり「頭で考えることではない」と思っていたのだと言う。私は咄嗟に、「問題は考えるものだよ」と、もう一度言ってはみたが、未だに、彼が言ったことは一理あると思えてならない。だから、今でも、これは禅問答のような名言?である。
他にも、勉強は苦手なのだが、いつも時間ぴったり(誤差15秒以内)に来てくれたH君。逆に、必ずぴったり5分遅れるT君もいた。だから、今でも我が家では、時間をきちんと守る人のことは「H君」、必ず遅れる人のことは「T君」と称して、家の中だけで通じる代名詞として使わせてもらっている。
子どもにしか言えない名言。子どもだからこそ言える名言。我が子も小さい頃、いろいろと楽しい名言を言ってくれた。子どもの気持ちを謙虚に受けとめるゆとりさえあれば、子どもはいつでも、大人の心を心地好くゆさぶってくれる。
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