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須玉美術館所蔵 「幼い子」 「若い母」 「海」 50号3点の組合せ作品 |
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1999年秋の常設展に「須玉コレクション2−オノサト・トシノブと保倉一郎−」が催された
| 須玉コレクション2 −オノサト・トシノブと保倉一郎− 1999年8月30日〜12月3日まで 休館日:月曜日 (但し10月9日閉館 翌10日休館 12月1日休館) 開館時間:9:30〜17:30 (10月1日より16:30閉館) オノサト・トシノブの作品と生前のオノサトと親交のあった保倉一郎氏の作品を展示いたします。ご高覧を賜りたくご案内申し上げます 須玉美術館 |
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須玉美術館の会場にて
保倉一郎 経歴
●1936年桐生市に生まれる
●高校1年生の終わり頃に宮地佑治さんからオノサト・トシノブを紹介され、以後オノサトに親しく交わり深い影響と感銘を受けな がら絵画を見聞きして来た。
●23歳から家業の織物図案業を継ぎながら好きな絵をかいていた、オノサトの指導と影響をうけながらも一方で牧島要一氏(岡田 三郎助の弟子)に外光派の洋画技法の教習を受けていた。家業に追われ発表の機会なく読売アンデパンダン展に出品していた。
●1968年 シマ画廊で個展
●1 9 6 6年に龍村平蔵の三男・龍村晋を知り龍村織物の意匠図案を担当し専属となる。
●1970年頃はモダンアート等の公募展に出品していたが矛盾を感じ迷っていた。
●1981年より汎美協会に加盟し、「汎美展」に出品している、他の公募展はやめた。
●1984年 オノサト・トシノブ美術館(五反田)で「個展」を企画展示された。
●1987年に大はし・まさおを中心に「7の会」を結成し毎年「銀座タカゲン画廊」にて「7の会展」を開催し
1999年まで続く。
●1998年飯田市で北村美術の企画にて「保倉一郎個展」。
●1999年須玉美術館コレクションの秋の展示に「オノサト・トシノブと保倉一郎」を開催し所蔵作品1 7点を展示された。
●1999年より2003年まで汎美術協会代表として汎美展開催に積極的に協力している。
●2003年6月 つかさ画廊にて個展 北関東で汎美術協会の呼びかけをする
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「オノサト・トシノブの制作」の思いで
保倉 一郎
少年の頃から親しくしていただいて過ごした幸運に、オノサト・トシノブの使った画材や技法のすべてを見て記憶しています。
オノサト・トモコ夫人が著した「オノサト・トシノブ」のなかに妻として聞き知ったことは良く伝えていると思いますが、アトリエでの制作の実際の記録は、後年の修復や分析の参考に使えるまでには至っておらないと感じます。
気づけば、今これを知るのは私ひとりになりました。 過ぎ去る時の速さにかき消されないうちに記録しておきたいと思いたち、おぼえている限りの記憶をメモにとりながらパソコンに向かっています。
具体的には、キャンバスの上でどのように作図し彩色をしたかについて記録し、関係者に知らせておくことが大切と感じてのことです。
一般に話題にされる作画方法の推測とかなり違った実際があります、これはいっしょに努力して制作をみていたものでなければ知りません。
彩色以前の制作にはトモコ夫人と私が手助けしていました。 どうしてもオノサト・トシノブひとりではできない仕事が沢山ありました。 先ずキャンバス張りと構図の設定を「定規」や「コンパス?」で製図してパターンを作ることです。 道具も何をどう使うかは大切な工夫のひとつで、コンパスも一般のものや使用法では役立ちません、寸法取りも大変に厄介な仕事でした。
材料も初期には物不足の時代で画材も不安定な要素が多く、技法的にも問題を残しています。使った材料のことも後年のことを配慮して記録しましょう。
これらの想い出は楽しく興味のつきないことばかりです。
一般にはとり入れられないままのオノサト・トシノブの主張したかった「意思」と「感性や感情」の解釈の実際があります。
「誤解も理解だ」とすれば、むろん本人の意思や感性がまったく変わって解釈されて、その作品の評価がなされることも正論のひとつかも知れませんが、本来の意思を知ってもらうために書き残す意味もあるでしょう。
オノサト夫妻にはこのような制作をすけるまでの関係もありましたが、それ以上に互いの暮らしに根ざしたことが多く、日常のことや将来の生活設計の相談や世渡りの話題などを親子のように話していました。
実際に私を可愛がって心配してくださった方で、懐かしい想い出のなかに幸運な交際をもたらせていただいたことを深く感謝しています。
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| オノサト・トシノブ 85年の自由に描かれためずらしい作品 |
2005年3月11日
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